読書通信2017年9月号

■ 劣化し続ける政治、袋小路の経済金融に企業、脅かされる平和と、石橋湛山の現代的意義が見直される事象ばかりである。「もし今、湛山ありせば」と考えてみることは、私たちに突きつけられた課題を自らに問うことにほかならない。増田弘『石橋湛山』ミネルヴァ書房、3780円)は湛山研究の第一人者による、現時点における最高の湛山論である。
ジャーナリスト、エコノミスト、政治家、思想家としての波乱の生涯を、石橋湛山全集全16巻はもとより多くの文献や証言を駆使して、見事に描き切っている。そしてそれらに挟み込まれた著者のコメントには教えられるところが多い。湛山の言説だけでなくその時代背景や彼を取り巻く人々の動きなどにも光を当てて、充実した明治・大正・昭和史にもなっている。終章「湛山イズム」はその主義主張や行動の基底にあるものを簡にして要を得た分析で締めくくり読者の理解を助けるだろう。400ページ近い大冊だが、一気に読了した(これぞ湛山の魅力か)。本書と湛山の評論集(たとえば岩波文庫)を併読すれば、湛山理解は一挙に進むはずだ。
■ 経済人でこれほど活字好きの人は寡聞にして知らない。読書の傾向もとても個性的だが、その人の読書論が初めて出た。丹羽宇一郎『死ぬほど読書』幻冬舎新書、842円)がそれで、経済人らしい視点がたくさん織り込まれているところが特徴である。旺盛な好奇心が猛烈な読書の原点にあることが浮かんでくる。
読みながら考えることが大事で、ハウツー本やベストセラー本は読まない、本にカネは惜しまない、人を見る目は本で養われる、など本をめぐる多様な生き方、勉強の仕方、見極める力のつけ方などが述べられて、大いに参考になる。ほんとに幸せな人生だなとほぼ全編、同感し、読書のない人生なんてと改めて口走りかけた。
■ ゾルゲ事件のことは多少は知っているつもりだったが、孫崎享『日米開戦へのスパイ』祥伝社、1836円)でその自覚は根底からひっくり返った。なにしろ、ゾルゲや尾崎秀実のスパイ行為はそれほど貴重な情報ではなかった、というだけでなく、尾崎逮捕の日にちが1日ごまかされたことが東條陸軍大臣による近衛首相追い落としに直結していたというのだから。とにかく奇奇怪怪、ほんとに東條という男は、と思いながら、昭和史の(重大な)一こまを学んだ。読書の楽しみ、ここにありだ。
■ 久しぶりに小説を。楡周平『和僑』祥伝社文庫、745円)は宮城県緑原町を舞台に、老人定住型施設を成功させたものの、いずれ住人たちが高齢化して町はまた寂れるだろうと心配する町長が、6次産業化した食をアメリカに売り込み、成功する話。B級グルメを輸出しようというアイデアや登場人物の造形など一応うまく出来ている。頑迷固陋な農協組合長の描き方が陳腐なのが気になるけれども。(浅野 純次)

読書通信2017年8月号

■ 安倍内閣の支持率はつるべ落とし。政策とか理屈よりも、国会答弁の仕方とか、お友だち内閣の惨状とかに対する感覚感情的な批判が強い。こういう人気離反はかなり手ごわそうな気がする。そんな折、古賀茂明『日本中枢の凶謀』講談社、1836円)の熱気にはいささか辟易しながら圧倒された。テレビ中心にメディア関連の話が多いが、とりわけ「報道ステーション」をめぐる古舘伊知郎、官邸、テレ朝首脳の内幕話は自身が絡むだけに真に迫っている。
もとより政権批判はとどまるところを知らず、ここまで言うかと思う糾弾、そしてその根拠たる事実が次々に炸裂する。与党だけでなく、民進党批判も強烈で、白眉は原発マフィアの告発だ。読み進むにつれて、著者にはやはりテレビで批判相手たちと丁々発止の論争をしてもらうのが一番だという気になってくる。個々の論点すべてがそのとおりというつもりはないが、なるほどと思うことの多い告発の書である。
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読書通信2017年7月号

■ 明治29年から120年余にわたり東洋経済がリベラルな立場を(幸運にも)保ち続けられた歴史を振り返るにつけても、日本政治から健全な保守が消滅しかかっていることを残念に思う。その意味で、塚田穂高『徹底検証 日本の右傾化』筑摩選書、1944円)はなかなか時宜を得た企画である。壊れる社会、政治と市民、国家と教育、家族と女性、言論と報道、蠢動する宗教の6部構成で21人の筆者がそれぞれの論点から右傾化の実態を探っている。
■中北浩爾「自民党の右傾化」、竹中佳彦「有権者の右傾化」、清末愛砂「憲法24条はなぜ狙われるのか」はじめ興味深い論文が多く、多様性に富んだ構成だが、さすがに21編にはややばらつきが感じられたことは否めない。このうち中北、竹中両論文によれば、安倍政治は確かに右傾化が著しいけれども、世論に支えられてそうなっているというよりも、政治が進んで右傾化しているにすぎない、という。とはいえ民主主義下でもナチスは誕生した。重要な論点が取り上げられている本として熟読したい。
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読書通信2017年6月号

■ 昨今、立憲制も天皇制のあり方の議論もおかしな雲行きである。この際、天皇機関説と国体明徴問題について知っておくことは「神の子孫としての天皇という権威」を錦の御旗にした軍部による戦前の忌まわしい歴史の再現を防ぐ意味でも極めて重要だろう。山崎雅弘『「天皇機関説」事件』集英社新書、820円)は天皇を神格化して自分たちに都合の良い方向へ日本をもっていこうとした軍部や政治家たちによって立憲主義が機能停止させられる一部始終を述べきたって間然するところがない。
「陛下を機関呼ばわりするとは何事か」というのは大衆受けのする「糾弾」だった。しかし大事なのは党利党略に走った立憲政友会などの政治家と美濃部達吉に冷たい態度を取り続けたメディアの責任の大きさである。いつの時代にも政治とメディアがしっかりしているか否かが問われる。昭和天皇は一貫して機関説に同意し機関説排撃に不快感を抱いていたが、その真意が広く国民に共有されることはなかった。「万世一系」を唱える人々が立憲主義を脅かしている今の時代が、本書の描写と二重写しになって見えるのが杞憂でなければ幸いである。

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読書通信2017年5月号

■ 昭和の自由主義者といえば長谷川如是閑、清沢洌、石橋湛山、河合栄治郎だろうか。彼らに共通するのは個が確立されていて、世の中がどう動いても座標軸は全く揺るがないことだ。湯浅博『全体主義と闘った男 河合栄治郎』産経新聞出版、2052円)はアカデミズムの世界にあってぶれることなく主張を貫き通した男の気骨の生涯を描き切っている。最初は大内兵衛などマルクス主義、次はファシズムと闘ったが、後者によって東大教授の職を追われても死を賭して自由主義の気概を守ろうとする。死の直前まで著述に専念する壮絶な生き様がベテランジャーナリストによって活写される。
評者は読み進む中で再三、石橋湛山との比較に入り込んだ。二人とも剛直でありながらリアリストで、膨張主義に反対しながらも愛国者だった。「日米戦争は不可避」でそうなれば「日本は朝鮮、満州、台湾、沖縄も失うだろう」という河合の先見性も湛山にほぼ共通していた。もし二人が語り合えば意気投合したのではないか。だが惜しいことになぜか接点はなかった。河合が戦後まで生きたら首相になっただろうと著者は推量の翼を広げている。確かに河合と湛山が戦後政治をリードしたら日本の道筋はまるで変わっていただろう。惜しまれる“if”である。 続きを読む »

読書通信2017年4月号

■ トランプ大統領がメディアに登場する頻度は下降気味だが、トランプ旋風の意味を考える重要性はなんら低下していない。アメリカがどんな状況にあるのかをしっかり理解しておく必要はむしろこれから高まるのだろう。その意味で格好なのが金成隆一『ルポ トランプ王国』岩波新書、928円)で、著者は朝日新聞NY支局員として、メディアの予測とは真逆のトランプ陣営の異常な勢いに気づき、旧工業地帯や東部諸州を丹念に取材して歩く。
オハイオやヴァージニアで「生まれたときから」民主党支持だった(現・元)労働者や女性たちが熱烈なトランプ支持に変わっていく。その思いや生活実態が率直に語られる、庶民それぞれの発言はどれも軽視しえない種類のものである。ミドルクラスの消滅がたかだか20年かそこらの間にこれほどの勢いで進んだ理由、NAFTAの経済的影響は劇的でトランプのTPP反対が熱烈に受け入れられた背景などがよく理解できる。文章は読みやすく軽妙で、この春、見逃せぬ一冊である。 続きを読む »

読書通信2017年3月号

■ ポピュリズムは大衆迎合的政治という意味で使われがちだが、これは少々正確さを欠く。既存の政党政治を超えて幅広く国民に訴えようとする政治スタイル、あるいは既成の政治を批判する立場からの政治運動、いずれかの意味で使うのが正しい。水島治郎『ポピュリズムとは何か』(中公新書、885円)はポピュリズムの定義と背景を整理した上で、南米と欧州での近年の動きを詳説し、ポピュリズムがグローバル化していると指摘している。
しばしば右傾化として認識されがちだが実態は非常に多様で、ベルギーのポピュリズム政党VBのようにリベラルでありながらイスラム教徒の非民主主義性だけは厳しく排斥して勢力を拡大する例もある。スイスやオランダなどあまり知られていない政治勢力についての事例や日本への言及は興味深く、「デモクラシーという上品なパーティに飛び込んできた招かれざる泥酔客」という比喩もなかなか面白い。
■ 母方の祖父、岸信介との因縁はともかく、安倍首相には父系の祖父に安倍寛という政治家がいた。村民の敬愛の念は強く、戦時中、大政翼賛会に加わらず無所属から立候補した劣勢の寛を草の根的に当選させたりした。寛は反戦を貫く硬骨の政治家として活躍するが、惜しくも戦後初の総選挙目前で亡くなっている。
青木理『安倍三代』朝日新聞出版、1728円)は村民や同級生たちへの丹念なインタビューをもとに三代の政治家を探っている。右寄りと見られた晋太郎が意外にリベラルでバランス感覚にあふれていたこと、成蹊小から成蹊大までの晋三が凡庸で目立ったところもなく政治に対する感度もほぼゼロだったことが明らかにされる。それがなぜ一強と言われる存在になったのか。日本の政界はその程度なのか、本人が劇的に変化したのか。ただし孫は父と祖父にはなぜかほとんど言及しない…。力作である。 続きを読む »

読書通信2017年2月号

■ 宇沢弘文先生には7~8年前、経済倶楽部で年初に2度、講演していただいたが、80歳を超えてかくしゃく、奔放な話しぶりが印象的だった。亡くなられて2年余、残された2000本の論文の中から選び抜いて生まれたのが宇沢弘文『宇沢弘文傑作論文全ファイル』東洋経済新報社、4860円)である。著者が切り開いた社会的共通資本に関連する論文が多数収録されているが、個別テーマとしては環境、医療、教育、農業という柱が注目点だ。執筆当時の現状批判と理想像の提示が今なお新鮮で十二分に通用する点、本書の価値は極めて高い。
通奏低音として流れるのは市場原理主義的な思考や政策への強烈な批判であり、シカゴ大学時代のエピソードなどまたしても引き込まれた。宇沢経済学の特徴を一言で言えば、時代を先取りした問題提起と、弱者への温かい視点ということになろうか。420ページに及ぶ大著だが、倦むことなく通読し、今後は書棚の特等席に置いて折にふれて読み返したいと思った。 続きを読む »

読書通信2017年1月号

■ 年頭に当たり、昨年1~12月号で紹介した48冊の中からベストテンを選んでみた。ジャンルが片寄らないように心掛けたのと、知的な面白さを優先した点、ご了承いただきたい。知的という以上、当方の知的レベルが問われる点で忸怩たるものがあるけれど、もしお読みでない本があれば、バックナンバーでご確認を。
馬場錬成『大村智物語』(2)、上野千鶴子『おひとりさまの最後』(4)、中路啓太『ロンドン狂爛』(5)、樋口陽一・小林節『憲法改正』(6)、菅野完『日本会議の研究』(7)、福嶋聡『書店と民主主義』(9)、楊海英『逆転の大中国史』(10)、神奈川新聞『ヘイトデモをとめた街』(11)、竹村公太郎『水力発電が日本を救う』(11)、橋本明『知られざる天皇明仁』(12) (カッコ内は月号)
日本会議では青木理『日本会議の正体』(9)も加えておくのが公平だろう。ノンフィクションでのベストは『ロンドン狂爛』、エンタメならベストテンには加えなかったが立川談春『赤めだか』(2)が抱腹絶倒の「傑作」である。
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読書通信2016年12月号

■ イトマン事件が経済界を揺るがしてからもう26年になる。事件の陰の中心人物だった著者が克明なメモによって執筆した国重惇史『住友銀行秘史』講談社、1944円)はここまで書いていいのかと思われるほど関係者の言動を赤裸々に再現している。イトマンの河村良彦社長を住友銀行が全くコントロールできなかったのはなぜか。住銀の磯田一郎会長はどのように考え動いたか。著者は張り巡らした人脈により主要人物の電話・面談の時間や内容までつかんでいる。面白さでは今年随一かもしれない。
著者がいちばん追及したかったのは、老いとスキャンダルに身動きの取れない磯田会長に対してなお、顔色をうかがうばかりで主体性を発揮できなかった経営陣の無責任さである。サラリーマン経営者の保身はいつの時代にも経営を誤らせかねないことを痛感させられる。だがかつて、これほど執拗に追求した著者の真の動機はなんだったのか。文中、「住銀を愛したから」とあるが、本当か。本書に登場する新聞記者に「むしろ義憤だった?」と尋ねたら「そうだったかもしれない」という返事だった。
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