読書通信 2019年4月号

■ メガバンクから信金信組まで日本の金融機関の競争力は低下の一途のようだ。財務以上に金融機関としての精神の劣化が懸念される。その典型がスルガ銀行や商工中金で、実態はあきれるほどひどい。ダメな金融機関は融資残高など数字ばかりとろうとして、寒々としたノルマもどきが社内を支配する風土が広がっている。
人気の捨て銀シリーズ第3弾、橋本卓典『捨てられる銀行3 未来の金融』講談社現代新書、928円)は金融庁から末端の支店までジャーナリストならではの綿密な取材が光っている。数字に出ない世界こそ重要だと著者は言うが、確かに飛騨信組、鶴岡信金など共感を呼ぶ経営で成果を上げる実例は心強い。「地域金融マン必読」と帯に書かれているけれど、金融の世界だけの話ではなく多くの組織に役立つだろう。
■ 市職員への暴言で辞任し出直し選挙で信任を得た明石市長が2期8年の苦闘と成果をつづっている。子どもが生き生きとしている街、子育てがしやすい街にするためにはどうするか。泉房穂『子どものまちのつくり方』明石書店、1620円)は自画自賛に陥りかねないところだが、読後感はむしろさわやかである。
子ども医療費の無償化や第2子からの保育料無償化などを所得で線引きせず大多数の中間所得層にも喜ばれるようにしたのは立派だが、実は世間の常識は真逆である。あるいは「本のまち、明石」目指して駅前一等地のビルに図書館と大型書店を並存させ、移動図書館も巡回させるなど著者の永年の夢の実現へひた走る話もいい。わが町もこんな行政をやってほしいとつくづく思ったけれど、いや日本中の自治体が競って学んでほしいと言うべきなのだろう。 続きを読む »

読書通信 2019年3月号

■ 現役政治家だった頃の野中広務には、率直にいってそれほど関心はなかった。こわもての政治家で右寄りだが、戦争の臭いには敏感な人、というのが個人的印象で、それ以上でも以下でもなかった。しかし菊池正史『「影の総理」と呼ばれた男』講談社現代新書、950円)を読んで、見方は一変した。地方政治家としても国会議員としても敵は容赦なくやっつけるが、その敵は永久的ではない。政治状況が変われば敵が友になることは野中にとってなんの矛盾でもない。そんな変幻自在な、しかし軸はぶれない政治家の姿は昨今、希少価値であるだろう。
「あの戦争に生き残り、生かされた私の使命は二度と戦争を起こさせないことだ」。そして「弱者を見捨てない」。この言葉を若い世代に伝えるべく全力を尽くしたのに、戦争を知らぬ政治家たちは集団的自衛権へと突っ走った。著者は日本テレビの政治部デスク。戦後政治史としても切れ味鋭いものがあり大いに勉強になった。良質の政治評論も立派だ。気骨の政治家の一生を描いて政治のありようを問うた力作である。
■ この先も日本企業の国際競争力は低下の一途なのだろうか。経営者か、社員か、組織のあり方か、欠陥はどこにあるのか。と考えていたら、熊野英生『なぜ日本の会社は生産性が低いのか』文春新書、950円)は先進国最低レベルとなった生産性の実態を経済学の基本に帰って解説してくれた。本書を通読すると、ワンオペ化とか長時間労働とか投資抑制とか最近の傾向が必然的に生産性低下を招いていることがわかってきた。人にもっと投資せよ。一見、単純だが的を射た提言である。本書を参考に早く手を打たないといけない。四半期決算ばかり気にせずに。働く上のヒントの数々もいい。 続きを読む »

読書通信 2019年2月号

■ 最近、政治家や官僚の発言がますます軽くいいかげんになっている気がする。国会では野党が、記者会見では記者が、即座には発言の信憑性を追及するだけの材料は持ちえないにしても、少なくともその場で発言内容について念を押し、後日「誤解を招いたとすればお詫びする」とか「記憶違いだった」などと逃げられないように逃げ道をふさいでおくべきだろう。
南彰・望月衣塑子『安倍政治100のファクトチェック』集英社新書、907円)は森友・加計問題、アベノミクス、安全保障、憲法・人権問題などで安倍首相、菅官房長官、佐川理財局長らがどう発言し、そこに虚偽がなかったか検証している。こうしたファクトチェックは極めて重要で、よくぞこれほど出任せが語られるものよと驚かされる。「記憶の限りでは」が乱発されているが、後で「記憶違いだった」ですむのではウソの言い放題ということになりかねない。欧米のように侮辱罪とか罰則規定の適用がもっと厳しくあってしかるべきではないか。
■ 森友学園問題で活躍した元NHK記者によるノンフィクションである相澤冬樹『安倍官邸VS.NHK』文藝春秋、1620円)はとてつもなく面白い。NHKはこの本に対し虚偽が多く放送にかかわる機密を勝手に公表したとして批判したが、その具体的内容についてはその後、明らかにしていないので、内容は99%真実であると断じてよいのだろう。
50代半ばにして「生涯一記者」にこだわる敏腕の著者は大阪地検に食い込み、籠池理事長の信頼も得てスクープを連発するが、官邸に忖度する局長や部長によって記事は改変され番組は放送中止になったりする。取材から出稿、放送までのスリリングな過程が放送メディアの内幕(これも面白い)とともに詳細に語られる。書名の「安倍官邸」はほとんど登場しないが、検察の向こうにじわじわっと浮かび上がる。 続きを読む »

読書通信 2019年1月号

■ 恒例により昨年取り上げた47冊の中からベストテンを。ジャンルが偏らぬようにしたのと面白さを重視した点をお断りしたい(掲載順、〇数字は月号)。森功『悪だくみ』①、中島岳志『保守と立憲』③、ミヌーイ『シリアの秘密図書館』④、旗手啓介『告白』⑤、新井紀子『AI教科書が読めない子どもたち』⑥、新井勝紘『五日市憲法』⑦、福田直子『デジタル・ポピュリズム』⑦、牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦』⑧、田中秀征『自民党本流と保守本流』⑨、神野直彦『経済学は悲しみを分かち合うために』⑨。番外として渡辺西賀茂診療所『京都の訪問診療所』⑪は医療介護の現実と理想を、秦新二・成田敦子『フェルメール最後の真実』⑪は想像を超える絵画と企画展の世界を知る。
■ 前著『知ってはいけない―隠された日本支配の構造』(講談社現代新書)はまさに目から鱗の本だった。続編2は副題に「日本の主権はこうして失われた」とあり、日本の外交や安全保障がアメリカの支配下にあり続ける理由を歴史的に丁寧に分析、解説している。 矢部宏治『知ってはいけない2』講談社現代新書、950円)は、日米関係は安保条約によって規定されているという常識を根底からひっくり返す。日米取り決めは驚くべき密約の数々によって動かされ変更される。著者は丹念に外交文書を掘り起こしていき、その改ざんの跡を提示する。結果として米軍はどんな日米取り決めも守らなくていいことが明らかになる。こんな国は世界にない。本書により、政治家、官僚に最低限のナショナリズムさえ失われている現状を知ることは重要なことであるだろう。決してすらすら読める内容ではないが、このくらい読み通せないでどうする、という気がした。 続きを読む »

読書通信 2018年12月号

■ サカナ世界と暴力団のかかわりは極めて深いらしい。だが新聞で実態が明らかにされることはまれだ。確かに新聞記者など怖くて取材も容易でなかろう。であればフリージャーナリストの出番である。鈴木智彦『サカナとヤクザ』小学館、1728円)の著者はヤクザ専門誌の編集部に入った後、独立して関連本を多数、出版してきた。本書でも闇の世界に接触する一方、隠密に現場で働いて実情に迫ろうとする。
三陸アワビや北海道ナマコの密猟から、ウナギの国際密輸シンジケートを追って九州、台湾、香港へ。さらに築地市場への潜入ルポや暴力漁港・銚子の戦後史など、どこにもヤクザの影がつきまとい、身の危険を感じること一度ならず。人々の食卓に魚介が届くまでにこれほどの密漁、乱獲、暴利があったとは。暴力団の資金源に私たちが一役買っているということでもある。アワビやウナギは少し控え目にしようか。
■ 政治家と官僚、どちらの劣化がはなはだしいのだろう。政治家は選ぶ国民にも責任があり、昨今のスキャンダルの多さからは官僚のほうが心配の度合いは高い気がする。佐藤優『官僚の掟』朝日新書、853円)は日本の官僚制についての明快な分析ととともに、数多くの事例により説得力が強まるのは著者ならでは。特に外務省の分析は自家薬籠中の物ともいえる。
中でも第4章「第二官僚の誕生」は重要である。かつては政治家と官僚の間に緊張感があった。政治家に知見と見識があり、官僚も時には直言した。しかし昨今、「経産省内閣」といわれるほど官邸に経産官僚があふれ実権を振るっている。他省庁は官邸の威の前にひれ伏さんばかりだ。ヒトラーの治世と同様、総統(今、総理)と一心同体の官僚が第二官僚である。ナチスと似た時代になってきたとすれば世は危うい。官僚の質はやはり政治次第なのだろう。 続きを読む »

読書通信 2018年11月号

■ 日本の金融・証券政策と銀証ビジネスほど錯誤を繰り返した例は珍しいのではないか。高度成長期には矛盾はさほど表面化しなかったが、この30年はさすがにいかんともしがたく、銀行も証券会社も世界に劣後した感は否めない。
 太田康夫『金融失策 20年の真実』日本経済新聞出版社、1944円)は、新聞記者としての取材をもとに誤算、失政、混迷の金融行政と業界の内幕を丹念に追っている。著者の立場は適度な自由主義というほどのものでおおむね異存はないが、官も民もこれほど失敗が続くということの本質をどう説明したらいいのだろう。要するに日本人には金融のセンスが欠如しているにすぎないのか。深く考えさせられた。
■ 国境なき記者団による報道の自由ランキングで米国は何位だろうか。この種のランキングを信じる気はさらさらないが、話の種に調べてみると45位だった(韓国43位、日本67位)。おそらく権力とメディアの関係が響いているのだろう。特にCIAは悪名高い。ニコラス・スカウ『驚くべきCIAの世論操作』インターナショナル新書、820円)を読むと、ここまでメディアを丸め込むのかと感心してしまう。
ベトナム戦争、コカイン犯罪、イラク戦争、グアンタナモ収容所で記者たちをCIAがどう操ったか。ハリウッドでは製作者、監督、俳優を取り込みCIAに都合の良い内容の映画を作らせる。これでは45位でも甘いかもしれない。日本の政官の驚くべき情報隠しなどを見ていると、他山の石として一読の価値はある。 続きを読む »

読書通信 2018年10月号

■ 天皇は皇居の奥深くでただ祈っていればいいと言う評論家がいる。なんと失礼な話だろう。天皇皇后は全道府県をすでに2巡し、36の諸国を訪問、沖縄11回、被災地は数え切れぬほど慰問している。離島も多い。その姿に国民はどれほど励まされ安らいだことか。だが旅の裏には多くの秘話があった。特に高齢の昨今では。
井上亮『象徴天皇の旅』平凡新書、972円)は天皇の旅に同行したベテラン記者による稀有の書。お二人の思いと祈り、迎えた人々の受け止め方、旅程や警備の問題点、形式主義批判などが明確に伝わってくる。人々に語りかける一言一句には心を打たれるし、厳しい日程をこなし続ける執念には驚かされる。被災地も沖縄もペリリュー島も、訪問の事実自体が天皇皇后によって日本人全体に突きつけられた問題なのだ。そう本書は問うているように思える。質量ともに読み応え十分の力作である。
■ 医者と向き合ったとき、その断定やら助言やらに対し納得か反発か、どちらが多いだろう。もっと強い薬にするか、手術にするか、もうそっとしておくか。迷うのは患者だけでなく家族も同様であるはずだ。大竹文雄・平井啓編著『医療現場の行動経済学』東洋経済新報社、2592円)は医師と看護師、患者とその家族にとってとても参考になる実践的な本である。
心理学をうまく使うことで医療関係者は効率よく患者と家族に合理的な意思決定を促すことができる、ということがよくわかる。こうした心理学を活かす過程が行動経済学そのものであり、本書は医療関係者と患者および家族の関係を考えながら、併せて行動経済学の基本と応用も学べるという、一石二鳥の優れた内容をもつ。がん治療、終末医療などが心配になり始めた人々にぴったりの書としてお勧めしたい。 続きを読む »

読書通信 2018年9月号

■ 自民党総裁選で旧宏池会系議員が音なしなのはいかにも残念なことだ。保守本流が消えかかっていると言ってもよい。持論だが中選挙区制であればこんなことはありえなかった。田中秀征『自民党本流と保守本流』講談社、1728円)は、岸信介を始祖とする潮流を自民党本流と規定する。リベラルな保守本流に対して、真逆の歴史観、経済観、憲法観を持ち続け、今、安倍首相へと行き着いている。
ただし本書では、岸にはかなり紙数が割かれはするものの、保守本流の源流である石橋湛山から田中角栄、宮沢喜一、橋本龍太郎、小渕恵三、細川護煕、加藤紘一まで保守本流の人たちの描写と本質論が中心で多くは絶品である。どのエピソードも面白く、歴史のイフが多々盛り込まれているのも興味深い。あるべき保守の姿が示され、日本の国のかたちにも言及していて、政治分野では昨今、屈指の良書と言える。
■ 経済倶楽部で講演をお願いしてほんとに良かったという経済学者は率直にいってそう多くはない。良質の講演を拝聴するのは司会者冥利に尽きる。神野直彦『経済学は悲しみを分かち合うために』(岩波書店、1944円)は講演のエッセンスをまた伺っている味わいである。半分は母から教えられた「おカネで買えないものを大切にする」「偉くならない」を守り続ける中での家族、同僚、師との温かい絆の自分史、半分は財政社会学を自ら確立する中で「人間のための経済学」を目指した学問的挑戦の論考だ。
2003年に著者が石橋湛山賞を受賞したときの故宇沢弘文氏のお祝いの辞が序章にまず出てくるが、こんな温かい、本質を突いた言葉を頂戴できる人は幸せである。そういえば宇沢先生も経済倶楽部で奔放な講演をされた。新自由主義批判が話の中核だった。とまれ経済学の現状を憂うる人には格好の書物であるだろう。 続きを読む »

読書通信 2018年8月号

■ 先の大戦で日本の経済学者たちは日米独の戦力をどのように分析し、それは開戦にどう影響したのだろうか。牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦―秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』(新潮選書、1404円)は、石橋湛山賞を受賞した『戦時下の経済学者』のいわば続編であるが、前作に劣らぬ力作であり、奥が深い。
人民戦線事件で検挙され保釈中の有沢広巳をはじめ、中山伊知郎、森田優三、宮川実、武村忠雄などそうそうたる経済学者たちが参加して研究したのが秋丸次朗主計中佐の主宰する秋丸機関だった。陸軍が日米の力の差をわきまえず無謀な戦争に突っ込んでいった、という俗説ほど実際は単純ではなかったらしい。学者たちは日米独の経済力をほぼ正確に分析して報告書にまとめているし、軍部の認識もそれと大差はなかった。ではなぜ開戦に至ったのか。有沢の戦後の証言がなぜ事実に反したのか。学者と軍人たちの動静は推理小説の趣さえあって、引き込まれる。戦後につながる部分も面白い。
■ 文科省の役人たちが官邸の意向を忖度しすぎたことが加計学園問題の本質であるのだろうが、それは一朝一夕に生まれた体質ではなかった。前川喜平『面従腹背』(毎日新聞出版、1404円)は時節柄のキワモノではまったくない。教育の本質をしっかりと見詰め、個人の尊厳と国の未来を確かなものとするために何が求められているかを、明確無比に語っている。
教員免許更新制、国歌・国旗の指導、教科書採択問題、教育基本法改正、道徳の教科化など、著者のかかわった文部行政への思いや面従腹背の真意が語られる。個の確立へ向けて真摯に対応する著者の苦渋の選択にはほとんど納得がいく。加計学園をめぐる鼎談が説得力をもつのも著者の半生史を読んでの上だからだろう。 続きを読む »

読書通信 2018年7月号

■ 東京西部の五日市町(現あきる野市)の土蔵から明治期の古文書が発見されてからちょうど50年が経った。今、それは「五日市憲法」と呼ばれ注目が集まっている。新井勝紘『五日市憲法』岩波新書、885円)は発見のいきさつ、起草者の千葉卓三郎の足どり、五日市という町、そして文書が埋もれていく過程まで、発見者であり研究者である著者ならではの生き生きとした筆致による貴重な記録である。
明治の初め、市井の人々が議論を重ねて憲法草案を起草したエネルギーには圧倒される。昨今のいかにも軽々しい憲法改正案の文言と比べるとき、権力と国民との関係を徹底的に論じ、理想の国のあり方を追求した真摯な姿勢から学ぶものは多い。「五日市憲法」の条文を読むと現憲法よりも優れていると思われる個所さえ散見されるなど、おおいに感服させられた。
■ 薪を背負って歩きながら本を読む二宮金次郎の像(戦後も校門脇にあった)はいまだに印象深い。小澤祥司『二宮金次郎とは何だったのか』西日本出版社、1944円)は二宮尊徳の生涯と後継者たちによる報徳運動継承の努力を前半、地方改良運動のシンボルとして利用された戦中の「臣民の手本」としての尊徳を後半に構成されている。報徳運動の実際と、戦時下、国民に虚像が刷り込まれたことに加え、戦後、GHQ右派が逆に尊徳を民主主義者として利用しようとした話も興味深い。そして今、道徳教科書に尊徳の虚像が再び登場し始めている。 続きを読む »