読書通信 2018年3月号

■ リベラル=革新であるかの意見が多いのはかねて心外だった。実際、自民党にも昔は多くの良質なリベラル政治家がいたではないか。今回、「本来の」保守こそリベラルだと堂々の論陣を張っているのが中島岳志『保守と立憲』スタンド・ブックス、1944円)である。
保守とは人間の能力の不完全さに深く思いを致し、反対意見にも十全に耳を傾ける謙虚さを持つ。全能でないがゆえに、革命(左右にかかわらず)には否定的で改革も常に漸進的である。そしてデモクラシーの重要な点は死者の声に耳を澄ますことだとする。憲法について言えば先人たちの格闘と経験(つまり死者の声である)を教訓として受け止めながら漸進的に改善を進めることだ。安倍首相のような改憲論はこれと真逆の行き方だと全面的に否定している。
著者はこのように保守を規定したうえで、「弱い敵と共存する決意」(オルテガ)すなわち寛容にこそリベラルの本質を見出す。保守、リベラル、立憲主義、改革、自立など、今の時代に考えなければならないテーマにあふれていて、一読、多くを学んだ。貴重な良書である。

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読書通信 2018年2月号

■ 安倍首相が憲法改正でクセ球を投げたことに護憲派はどう対応すべきだろうか。戦力不保持や交戦権の否認を規定した9条2項を削除するという従来の主張は取り下げ、単に自衛隊を付記することで自衛隊を日陰の身から救い出そうというだけのことだと安倍首相に言われれば、反対はしにくい。であれば、改憲論議はすっかり自民党ペースになる可能性がある。
 松竹伸幸『改憲的護憲論』(集英社新書、799円)は、改憲を認める形で自民党案に対峙しようとするユニークな憲法擁護論である。災害救援と専守防衛の自衛隊という現実に立ち、護憲派は守勢一方から抜け出すべきだ、として、平和憲法の精神を尊重しながら現実に即していこうとする著者の問題意識は斬新である。「共産党は憲法・防衛論の矛盾を克服できるか」と題する一章は流し読みしてしまったが、全体を通じて著者の危機感がひしひしと感じられた。
■ 代わって少し柔らかい本を。といってもテーマは重い。老老介護の実録本、阿井渉介『愛と憎しみ 奇跡の老老介護』(講談社、1620円)は、71歳の息子と100歳の母親の物語だ。痴呆が進む寝たきり母親の下の世話までする息子は、最初こそ腹立たしい壮絶な毎日に明け暮れるが、ある日、心を入れ替え発想を変えての親孝行に転じてみると、風景が一変。親子のとんちんかんな会話がむしろ楽しくなってくる。
シナリオライターである著者の筆は冴えわたり、深刻な話がすっかりユーモア小説の趣に一変。自分にはこんな介護ができるだろうかと思ってしまった。書名と異なり、憎しみどころか愛情あふれる介護日記として多くを学ぶことができる。親子に限らない。夫婦の老老介護にも大いに参考になるはずである。 続きを読む »

読書通信 2018年1月号

■ 恒例により昨年1~12月号で紹介した47冊の中からベストテンを。ジャンルが偏らぬよう心掛けた点と面白さを優先した点をお断りしたい(順不同、数字は月号)。永野健二『バブル』①、瀬木比呂志『黒い巨塔 最高裁判所』①、吉田敏浩『日米合同委員会の研究』②、水島治郎『ポピュリズムとは何か』③、竹内早希子『奇跡の醤』③、植松三十里『雪積もりし朝』④、前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』⑧、孫崎亨『日米開戦へのスパイ』⑨、坂野潤治『帝国と立憲』⑩、奥野修司・徳山大樹『怖い中国食品・不気味なアメリカ食品』⑪。ほかに文学では門井慶喜『銀河鉄道の父』⑫、話題性では青木理『安倍三代』③も捨てがたい。
■ 加計事件は役人の忖度の問題にすぎずそろそろ幕引きか、という見方が増えているように感じる。しかし森功『悪だくみ』(文藝春秋、1728円)を読むと、これは根の深いスキャンダルだと思わざるをえない。掘り起こされていく事実に押され一気に読み終えた。安倍首相と加計理事長が「腹心の友」以上の友であるという圧倒的な証明に加え、下村博文・萩生田光一両氏と加計とのずぶずぶ感はすさまじい。さらに下村・加計・安倍各夫人たちの異常な親密さが事件と深くかかわっていることが明らかにされる点も重要だ。問題をうやむやにさせないためにも広く読まれるべき本と思う。 続きを読む »

読書通信2017年12月号

■ トップに小説を取り上げるのはいかがかと思うが、門井慶喜『銀河鉄道の父』講談社、1728円)は今年屈指の秀作と思うのでまず紹介したい。宮沢賢治についてはあまたの著作、研究がなされているが、質屋業で成功した父親から見た賢治への微妙な思いと、それに対する賢治の複雑な心境と揺れる言動というまことに新鮮な切り口を準備した時点で、本書の成功はほぼ決定的となったと言ってよかろう。
賢治は高等農林でも卒業後も勝者ではなかった。それを見守り誘導しようとする父の存在は、賢治にとってありがたくもありわずらわしくもあったらしい。父の愛情が大きければ大きいほど賢治の苦悩と葛藤もまた大きくなる。そして、突如として奔流のように生まれ出始めた数々の名作。とはいえ売れない作家のまま賢治は病に倒れる。経済書もいいが、時には優れた文学書で頭と心をリフレッシュさせてはどうだろう。
■ これはビジネス書なのだが、唐池恒二『本気になって何が悪い』PHP研究所、1836円)は微苦笑小説の片鱗も垣間見られ、前著『鉄客商売』で見せた筆力はますます快(怪)調だ。「ななつ星」などJR九州の話題度を劇的に高めた(だけでなく経営も成功させた)著者は今、JR九州会長。三島(三等)鉄道としてスタートしたJR九州は本気度がすごかった。
海に目を向けた韓国航路開設、外食事業進出と東京出店(赤坂の「うまや」)、鉄客商売のさらなる推進など、九州の魅力を高めながらしつこく事業を多角化、高度化していく様が描かれる。文章はユーモア(というか駄じゃれ)満杯で、笑ったり感心したりしながら経営の奥義を学ぶに格好の書である。 続きを読む »

読書通信2017年11月号

■ 環境史観をご存じだろうか。私見によれば地球環境を歴史的に探ることによって文明の特質を解明し、歴史的視点に立った生き方を提示する学問である。その基本には環境考古学があるが、その第一人者による大著、安田喜憲『人類一万年の文明論』東洋経済新報社、2592円)は業界紙に長期掲載された時評から成る。
『一神教の闇』『稲作漁撈文明』『山は市場原理主義と闘っている』など著者の名著のエッセンスに再三、言及しつつ、グローバリズムと市場原理主義を厳しく論難している。一方で、自然と共存するアニミズム文明、資源循環利用、森を守る島国根性、地震予知のための年縞研究、防潮堤より防潮林など話題は多様に広がる。物質文明偏重やマネー至上主義から離れて自然との共生を考えたい人には格好の書である。
■ 個人的には中国・アメリカ産の食品は全面的に遠慮してきたが、奥野修司・徳山大樹『怖い中国食品、不気味なアメリカ食品』講談社文庫、799円)は徹底的に中国の現場を踏んでレポートしていて、どれも驚くべき劣悪さだ。不衛生極まりないだけではない。有害物質に対する観念がまるでない。それを「自分たちが食べるのではないから」と言って製造出荷する。
一方、アメリカ産で怖いのは牛、豚、鶏肉に含まれる化学物質で、特に成長促進のためのホルモン(エストロゲン)が大量に含まれていて、日本では乳がんの激増、成長や生殖への重大な影響が報告されている。もう一つ怖いのはGM作物で、特にGMとうもろこしが加工品に多用されて日本人の体内に入り込んでいるという。
一次産品は気をつけられても、加工品は内実を知りようがない点で、中国、アメリカどちらも怖いと言うしかない。数年前、「週刊文春」に連載され大きな反響を呼んだ記事を加筆して文庫化した本書は、特に若い世代には必読と思う。 続きを読む »

読書通信2017年10月号

■ 「内に立憲、外に帝国」という明治時代に多用されたスローガンは、一見、あの時代を象徴しているように見えなくもない。しかし、坂野潤治『帝国と立憲』筑摩書房、1836円)によると、立憲と帝国はあざなえるかのごとく交互に登場して日本を振り回した。1874年の台湾出兵から日中全面戦争が始まる1937年まで、立憲主義の拡大と帝国主義化が同時並立することはまれで、前者の時代は国会開設、政党内閣制、普選運動、さらには軍拡予算への抑制も働いた。一方、帝国化では日清・日露戦争から日韓併合、満蒙特殊権益へと進む。
問題は立憲の名のもとでの民主主義の定着および抑止力である。本書は「デモクラシーが戦争を抑え込み…発展するという好循環は、リベラルな政党内閣…の下でしか生じない」という歴史教訓を提示し、現下の日本政治を考える上で貴重な示唆を与えてくれる。リベラル派では原敬が「天皇統帥権否認」を、高橋是清が「参謀本部廃止」を主張したという驚くべき事実も知る。原、高橋や浜口雄幸、若槻礼次郎らの政党内閣が実現させた「立憲と非帝国の両立」からは、歴史の「if」が楽しめるだろう。
■ 9条もさることながら個人的には緊急事態条項のほうが心配なのは、首相への権限集中により、国民の権利を縛り奪うことになりかねないだろうから。長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』集英社新書、777円)は憲法学者とドイツ史の専門家の懇切丁寧な対談で問題の所在がよくわかる。
この国が危ない、と言われれば、テロやミサイルや震災が迫る中、備えは当然と思ってしまう人もいるだろう。だが緊急事態条項を突破口にヒトラー独裁を実現したナチスの先例を見れば、事はそれほど単純ではない。難しい法律論もあるが、そこは飛ばして読んでもいい。「ナチスの手口に学んではどうか」という政治家に負けずに、こちらもしっかり学ばないと…。
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読書通信2017年9月号

■ 劣化し続ける政治、袋小路の経済金融に企業、脅かされる平和と、石橋湛山の現代的意義が見直される事象ばかりである。「もし今、湛山ありせば」と考えてみることは、私たちに突きつけられた課題を自らに問うことにほかならない。増田弘『石橋湛山』ミネルヴァ書房、3780円)は湛山研究の第一人者による、現時点における最高の湛山論である。
ジャーナリスト、エコノミスト、政治家、思想家としての波乱の生涯を、石橋湛山全集全16巻はもとより多くの文献や証言を駆使して、見事に描き切っている。そしてそれらに挟み込まれた著者のコメントには教えられるところが多い。湛山の言説だけでなくその時代背景や彼を取り巻く人々の動きなどにも光を当てて、充実した明治・大正・昭和史にもなっている。終章「湛山イズム」はその主義主張や行動の基底にあるものを簡にして要を得た分析で締めくくり読者の理解を助けるだろう。400ページ近い大冊だが、一気に読了した(これぞ湛山の魅力か)。本書と湛山の評論集(たとえば岩波文庫)を併読すれば、湛山理解は一挙に進むはずだ。
■ 経済人でこれほど活字好きの人は寡聞にして知らない。読書の傾向もとても個性的だが、その人の読書論が初めて出た。丹羽宇一郎『死ぬほど読書』幻冬舎新書、842円)がそれで、経済人らしい視点がたくさん織り込まれているところが特徴である。旺盛な好奇心が猛烈な読書の原点にあることが浮かんでくる。
読みながら考えることが大事で、ハウツー本やベストセラー本は読まない、本にカネは惜しまない、人を見る目は本で養われる、など本をめぐる多様な生き方、勉強の仕方、見極める力のつけ方などが述べられて、大いに参考になる。ほんとに幸せな人生だなとほぼ全編、同感し、読書のない人生なんてと改めて口走りかけた。
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読書通信2017年8月号

■ 安倍内閣の支持率はつるべ落とし。政策とか理屈よりも、国会答弁の仕方とか、お友だち内閣の惨状とかに対する感覚感情的な批判が強い。こういう人気離反はかなり手ごわそうな気がする。そんな折、古賀茂明『日本中枢の凶謀』講談社、1836円)の熱気にはいささか辟易しながら圧倒された。テレビ中心にメディア関連の話が多いが、とりわけ「報道ステーション」をめぐる古舘伊知郎、官邸、テレ朝首脳の内幕話は自身が絡むだけに真に迫っている。
もとより政権批判はとどまるところを知らず、ここまで言うかと思う糾弾、そしてその根拠たる事実が次々に炸裂する。与党だけでなく、民進党批判も強烈で、白眉は原発マフィアの告発だ。読み進むにつれて、著者にはやはりテレビで批判相手たちと丁々発止の論争をしてもらうのが一番だという気になってくる。個々の論点すべてがそのとおりというつもりはないが、なるほどと思うことの多い告発の書である。
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読書通信2017年7月号

■ 明治29年から120年余にわたり東洋経済がリベラルな立場を(幸運にも)保ち続けられた歴史を振り返るにつけても、日本政治から健全な保守が消滅しかかっていることを残念に思う。その意味で、塚田穂高『徹底検証 日本の右傾化』筑摩選書、1944円)はなかなか時宜を得た企画である。壊れる社会、政治と市民、国家と教育、家族と女性、言論と報道、蠢動する宗教の6部構成で21人の筆者がそれぞれの論点から右傾化の実態を探っている。
■中北浩爾「自民党の右傾化」、竹中佳彦「有権者の右傾化」、清末愛砂「憲法24条はなぜ狙われるのか」はじめ興味深い論文が多く、多様性に富んだ構成だが、さすがに21編にはややばらつきが感じられたことは否めない。このうち中北、竹中両論文によれば、安倍政治は確かに右傾化が著しいけれども、世論に支えられてそうなっているというよりも、政治が進んで右傾化しているにすぎない、という。とはいえ民主主義下でもナチスは誕生した。重要な論点が取り上げられている本として熟読したい。
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読書通信2017年6月号

■ 昨今、立憲制も天皇制のあり方の議論もおかしな雲行きである。この際、天皇機関説と国体明徴問題について知っておくことは「神の子孫としての天皇という権威」を錦の御旗にした軍部による戦前の忌まわしい歴史の再現を防ぐ意味でも極めて重要だろう。山崎雅弘『「天皇機関説」事件』集英社新書、820円)は天皇を神格化して自分たちに都合の良い方向へ日本をもっていこうとした軍部や政治家たちによって立憲主義が機能停止させられる一部始終を述べきたって間然するところがない。
「陛下を機関呼ばわりするとは何事か」というのは大衆受けのする「糾弾」だった。しかし大事なのは党利党略に走った立憲政友会などの政治家と美濃部達吉に冷たい態度を取り続けたメディアの責任の大きさである。いつの時代にも政治とメディアがしっかりしているか否かが問われる。昭和天皇は一貫して機関説に同意し機関説排撃に不快感を抱いていたが、その真意が広く国民に共有されることはなかった。「万世一系」を唱える人々が立憲主義を脅かしている今の時代が、本書の描写と二重写しになって見えるのが杞憂でなければ幸いである。

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