読書通信 2018年6月号

■ 国体とは何か。戦前戦中なら天皇が統治する国柄または国民が天皇のために死ねる君主制というようなことだったろう。白井聡『国体論 菊と星条旗』(集英社新書、1015円)の厳しい視線は戦後の「国体」に向けられる。つまり占領体制下の日米関係がその後60年以上も日本に定着し、世界にまれな「非独立国」であり続けているという指摘である。日米安保や日米地位協定のような対米従属の構図、トモダチ作戦や思いやり予算などの情緒的用語が戦後の国体を形成し、それが日本の行き詰まり状況を一貫して説明しうる最有力の概念だ、というのが著者の言い分である。石橋湛山賞受賞の『永続敗戦論-戦後日本の核心』をさらに展開させていて極めて論争的だ。戦後の国体へのアンチテーゼとしての平成天皇のおことばが高く評価されている。
■ 世はAIブーム。AIにできないことはないかのようだ。でも事はそう単純ではない。新井紀子『AI教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社、1620円)はとても刺激的で人につい話したくなる本である。「東ロボくん」こと東大入試に受かるためのAI開発の責任者である著者だからこそわかったAIの決定的弱点から、AIが人間を超える日は絶対にやってこないこと、そして肝心の小中高生の文章を読む力がスマホ漬けのおかげもあって驚くほど崩壊していることが明らかにされる。これほどの一大事はない。明快かつ説得的な内容で、子も親も祖父母も必読の一冊である。 続きを読む »

読書通信 2018年5月号

■ とっくに本欄で紹介したつもりでいたが、そうでなかったことに気づいて書棚から引っ張り出した。これは絶対に見逃せない本だと思うので、今からでもぜひお読みいただければと。旗手啓介『告白』講談社、1944円)は読む者をカンボジアPKOの混乱の現場へと誘い込むのみならず、謎解きの面白さも味わえる。昨今、屈指のドキュメンタリーだろう。PKO(国連平和維持活動)で派遣された日本の文民警察は文民の名のとおり丸腰だった。政府として死傷者だけは避けたかった自衛隊は南部の安全地帯へ、対して警官は危険な北部のポルポト派支配地域などへ派遣される。案の定、高田警部補が銃撃に遭い死亡、重軽傷者も出た。だが時の宮澤政権はこれを単なる事故扱いとし、同僚警官には滞在時はおろか帰国後も一切の発言、記録執筆を禁じる。欧州各国は分厚い報告書を作成して国民に明らかにしたというのに、日本はひたすら隠蔽した。23年後の取材でようやく当事者や外国人に重い口を開かせた「NHKスペシャル」は数々の賞を受賞したが、著者はそのディレクター。PKOとは、権力の説明責任とは。多くを考えさせられる。
■ 中高生のスマホ普及率は7割以上だとか。川島隆太『スマホが学力を破壊する』集英社新書、799円)は親子必読で、スマホをやればやるほど学力低下が歴然の怖いデータが山盛りである。破壊的影響が明白なのは数学と理科。自宅学習中に音楽・ゲーム・動画・LINEを併せて行うマルチタスクは最悪で、いくら勉強しても少しも頭に入らない。スマホと脳の話も専門家ならでは。大いに納得がいく。スマホは亡国の玉手箱であり、人口減少などよりはるかに恐ろしいことに気づくべきだ。それも早いほどいい。大人の脳に関する言及も見逃せない。 続きを読む »

読書通信 2018年4月号

■ 米国で大ベストセラーになったマイケル・ウォルフ『炎と怒り』早川書房、1944円)が邦訳されて1カ月経った。これは日本でも大いに読まれるべき本だ。とにかく大した取材力である。トランプの寝室にはテレビが3台ある、あの奇妙な髪型は禿を隠すためだ、などというのはどうでもいいことだが、ここまで知っているならその他の情報も正しそうだと読者は信頼するだろう(主要な情報源の一つはバノンらしい)。政権内部がこれほどハチャメチャというのも、要するにトランプ当選を本人、夫人、娘、側近まで誰も信じていなかったからだという。
主要な政権関係者22人のうちすでに13人が辞め、2人が解任間近らしい。世界地図も医療の仕組みもほとんど知らず、本もまともに読んだことがないという大統領が核問題や移民、医療行政の鍵を握っているとは。こんな人とその娘夫婦(ジャーヴァンカと本書は呼ぶ)に支配される国って大丈夫か、改めて考えさせられた。
■ 『明治維新という過ち』『官賊と幕臣たち』はどちらも傑作だったが、後者が原田伊織『続・明治維新という過ち 列強の侵略を防いだ幕臣たち』(講談社文庫、702円)として文庫化された。薩長が開国を果たし封建制に終止符を打ったというのは薩長史観の俗説であり、幕府には列強の無謀な要求に理路整然と論駁して日本の権益を守ろうとした幕臣官僚たちがいた。岩瀬忠震、水野忠則、川路聖謨らである。これに対し、著者によれば西郷や龍馬の実像は惨憺たるものであった。維新百年などという前に本書をじっくり読まれることをお勧めする。
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読書通信 2018年3月号

■ リベラル=革新であるかの意見が多いのはかねて心外だった。実際、自民党にも昔は多くの良質なリベラル政治家がいたではないか。今回、「本来の」保守こそリベラルだと堂々の論陣を張っているのが中島岳志『保守と立憲』スタンド・ブックス、1944円)である。
保守とは人間の能力の不完全さに深く思いを致し、反対意見にも十全に耳を傾ける謙虚さを持つ。全能でないがゆえに、革命(左右にかかわらず)には否定的で改革も常に漸進的である。そしてデモクラシーの重要な点は死者の声に耳を澄ますことだとする。憲法について言えば先人たちの格闘と経験(つまり死者の声である)を教訓として受け止めながら漸進的に改善を進めることだ。安倍首相のような改憲論はこれと真逆の行き方だと全面的に否定している。
著者はこのように保守を規定したうえで、「弱い敵と共存する決意」(オルテガ)すなわち寛容にこそリベラルの本質を見出す。保守、リベラル、立憲主義、改革、自立など、今の時代に考えなければならないテーマにあふれていて、一読、多くを学んだ。貴重な良書である。

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読書通信 2018年2月号

■ 安倍首相が憲法改正でクセ球を投げたことに護憲派はどう対応すべきだろうか。戦力不保持や交戦権の否認を規定した9条2項を削除するという従来の主張は取り下げ、単に自衛隊を付記することで自衛隊を日陰の身から救い出そうというだけのことだと安倍首相に言われれば、反対はしにくい。であれば、改憲論議はすっかり自民党ペースになる可能性がある。
 松竹伸幸『改憲的護憲論』(集英社新書、799円)は、改憲を認める形で自民党案に対峙しようとするユニークな憲法擁護論である。災害救援と専守防衛の自衛隊という現実に立ち、護憲派は守勢一方から抜け出すべきだ、として、平和憲法の精神を尊重しながら現実に即していこうとする著者の問題意識は斬新である。「共産党は憲法・防衛論の矛盾を克服できるか」と題する一章は流し読みしてしまったが、全体を通じて著者の危機感がひしひしと感じられた。
■ 代わって少し柔らかい本を。といってもテーマは重い。老老介護の実録本、阿井渉介『愛と憎しみ 奇跡の老老介護』(講談社、1620円)は、71歳の息子と100歳の母親の物語だ。痴呆が進む寝たきり母親の下の世話までする息子は、最初こそ腹立たしい壮絶な毎日に明け暮れるが、ある日、心を入れ替え発想を変えての親孝行に転じてみると、風景が一変。親子のとんちんかんな会話がむしろ楽しくなってくる。
シナリオライターである著者の筆は冴えわたり、深刻な話がすっかりユーモア小説の趣に一変。自分にはこんな介護ができるだろうかと思ってしまった。書名と異なり、憎しみどころか愛情あふれる介護日記として多くを学ぶことができる。親子に限らない。夫婦の老老介護にも大いに参考になるはずである。 続きを読む »

読書通信 2018年1月号

■ 恒例により昨年1~12月号で紹介した47冊の中からベストテンを。ジャンルが偏らぬよう心掛けた点と面白さを優先した点をお断りしたい(順不同、数字は月号)。永野健二『バブル』①、瀬木比呂志『黒い巨塔 最高裁判所』①、吉田敏浩『日米合同委員会の研究』②、水島治郎『ポピュリズムとは何か』③、竹内早希子『奇跡の醤』③、植松三十里『雪積もりし朝』④、前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』⑧、孫崎亨『日米開戦へのスパイ』⑨、坂野潤治『帝国と立憲』⑩、奥野修司・徳山大樹『怖い中国食品・不気味なアメリカ食品』⑪。ほかに文学では門井慶喜『銀河鉄道の父』⑫、話題性では青木理『安倍三代』③も捨てがたい。
■ 加計事件は役人の忖度の問題にすぎずそろそろ幕引きか、という見方が増えているように感じる。しかし森功『悪だくみ』(文藝春秋、1728円)を読むと、これは根の深いスキャンダルだと思わざるをえない。掘り起こされていく事実に押され一気に読み終えた。安倍首相と加計理事長が「腹心の友」以上の友であるという圧倒的な証明に加え、下村博文・萩生田光一両氏と加計とのずぶずぶ感はすさまじい。さらに下村・加計・安倍各夫人たちの異常な親密さが事件と深くかかわっていることが明らかにされる点も重要だ。問題をうやむやにさせないためにも広く読まれるべき本と思う。 続きを読む »

読書通信2017年12月号

■ トップに小説を取り上げるのはいかがかと思うが、門井慶喜『銀河鉄道の父』講談社、1728円)は今年屈指の秀作と思うのでまず紹介したい。宮沢賢治についてはあまたの著作、研究がなされているが、質屋業で成功した父親から見た賢治への微妙な思いと、それに対する賢治の複雑な心境と揺れる言動というまことに新鮮な切り口を準備した時点で、本書の成功はほぼ決定的となったと言ってよかろう。
賢治は高等農林でも卒業後も勝者ではなかった。それを見守り誘導しようとする父の存在は、賢治にとってありがたくもありわずらわしくもあったらしい。父の愛情が大きければ大きいほど賢治の苦悩と葛藤もまた大きくなる。そして、突如として奔流のように生まれ出始めた数々の名作。とはいえ売れない作家のまま賢治は病に倒れる。経済書もいいが、時には優れた文学書で頭と心をリフレッシュさせてはどうだろう。
■ これはビジネス書なのだが、唐池恒二『本気になって何が悪い』PHP研究所、1836円)は微苦笑小説の片鱗も垣間見られ、前著『鉄客商売』で見せた筆力はますます快(怪)調だ。「ななつ星」などJR九州の話題度を劇的に高めた(だけでなく経営も成功させた)著者は今、JR九州会長。三島(三等)鉄道としてスタートしたJR九州は本気度がすごかった。
海に目を向けた韓国航路開設、外食事業進出と東京出店(赤坂の「うまや」)、鉄客商売のさらなる推進など、九州の魅力を高めながらしつこく事業を多角化、高度化していく様が描かれる。文章はユーモア(というか駄じゃれ)満杯で、笑ったり感心したりしながら経営の奥義を学ぶに格好の書である。 続きを読む »

読書通信2017年11月号

■ 環境史観をご存じだろうか。私見によれば地球環境を歴史的に探ることによって文明の特質を解明し、歴史的視点に立った生き方を提示する学問である。その基本には環境考古学があるが、その第一人者による大著、安田喜憲『人類一万年の文明論』東洋経済新報社、2592円)は業界紙に長期掲載された時評から成る。
『一神教の闇』『稲作漁撈文明』『山は市場原理主義と闘っている』など著者の名著のエッセンスに再三、言及しつつ、グローバリズムと市場原理主義を厳しく論難している。一方で、自然と共存するアニミズム文明、資源循環利用、森を守る島国根性、地震予知のための年縞研究、防潮堤より防潮林など話題は多様に広がる。物質文明偏重やマネー至上主義から離れて自然との共生を考えたい人には格好の書である。
■ 個人的には中国・アメリカ産の食品は全面的に遠慮してきたが、奥野修司・徳山大樹『怖い中国食品、不気味なアメリカ食品』講談社文庫、799円)は徹底的に中国の現場を踏んでレポートしていて、どれも驚くべき劣悪さだ。不衛生極まりないだけではない。有害物質に対する観念がまるでない。それを「自分たちが食べるのではないから」と言って製造出荷する。
一方、アメリカ産で怖いのは牛、豚、鶏肉に含まれる化学物質で、特に成長促進のためのホルモン(エストロゲン)が大量に含まれていて、日本では乳がんの激増、成長や生殖への重大な影響が報告されている。もう一つ怖いのはGM作物で、特にGMとうもろこしが加工品に多用されて日本人の体内に入り込んでいるという。
一次産品は気をつけられても、加工品は内実を知りようがない点で、中国、アメリカどちらも怖いと言うしかない。数年前、「週刊文春」に連載され大きな反響を呼んだ記事を加筆して文庫化した本書は、特に若い世代には必読と思う。 続きを読む »

読書通信2017年10月号

■ 「内に立憲、外に帝国」という明治時代に多用されたスローガンは、一見、あの時代を象徴しているように見えなくもない。しかし、坂野潤治『帝国と立憲』筑摩書房、1836円)によると、立憲と帝国はあざなえるかのごとく交互に登場して日本を振り回した。1874年の台湾出兵から日中全面戦争が始まる1937年まで、立憲主義の拡大と帝国主義化が同時並立することはまれで、前者の時代は国会開設、政党内閣制、普選運動、さらには軍拡予算への抑制も働いた。一方、帝国化では日清・日露戦争から日韓併合、満蒙特殊権益へと進む。
問題は立憲の名のもとでの民主主義の定着および抑止力である。本書は「デモクラシーが戦争を抑え込み…発展するという好循環は、リベラルな政党内閣…の下でしか生じない」という歴史教訓を提示し、現下の日本政治を考える上で貴重な示唆を与えてくれる。リベラル派では原敬が「天皇統帥権否認」を、高橋是清が「参謀本部廃止」を主張したという驚くべき事実も知る。原、高橋や浜口雄幸、若槻礼次郎らの政党内閣が実現させた「立憲と非帝国の両立」からは、歴史の「if」が楽しめるだろう。
■ 9条もさることながら個人的には緊急事態条項のほうが心配なのは、首相への権限集中により、国民の権利を縛り奪うことになりかねないだろうから。長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』集英社新書、777円)は憲法学者とドイツ史の専門家の懇切丁寧な対談で問題の所在がよくわかる。
この国が危ない、と言われれば、テロやミサイルや震災が迫る中、備えは当然と思ってしまう人もいるだろう。だが緊急事態条項を突破口にヒトラー独裁を実現したナチスの先例を見れば、事はそれほど単純ではない。難しい法律論もあるが、そこは飛ばして読んでもいい。「ナチスの手口に学んではどうか」という政治家に負けずに、こちらもしっかり学ばないと…。
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読書通信2017年9月号

■ 劣化し続ける政治、袋小路の経済金融に企業、脅かされる平和と、石橋湛山の現代的意義が見直される事象ばかりである。「もし今、湛山ありせば」と考えてみることは、私たちに突きつけられた課題を自らに問うことにほかならない。増田弘『石橋湛山』ミネルヴァ書房、3780円)は湛山研究の第一人者による、現時点における最高の湛山論である。
ジャーナリスト、エコノミスト、政治家、思想家としての波乱の生涯を、石橋湛山全集全16巻はもとより多くの文献や証言を駆使して、見事に描き切っている。そしてそれらに挟み込まれた著者のコメントには教えられるところが多い。湛山の言説だけでなくその時代背景や彼を取り巻く人々の動きなどにも光を当てて、充実した明治・大正・昭和史にもなっている。終章「湛山イズム」はその主義主張や行動の基底にあるものを簡にして要を得た分析で締めくくり読者の理解を助けるだろう。400ページ近い大冊だが、一気に読了した(これぞ湛山の魅力か)。本書と湛山の評論集(たとえば岩波文庫)を併読すれば、湛山理解は一挙に進むはずだ。
■ 経済人でこれほど活字好きの人は寡聞にして知らない。読書の傾向もとても個性的だが、その人の読書論が初めて出た。丹羽宇一郎『死ぬほど読書』幻冬舎新書、842円)がそれで、経済人らしい視点がたくさん織り込まれているところが特徴である。旺盛な好奇心が猛烈な読書の原点にあることが浮かんでくる。
読みながら考えることが大事で、ハウツー本やベストセラー本は読まない、本にカネは惜しまない、人を見る目は本で養われる、など本をめぐる多様な生き方、勉強の仕方、見極める力のつけ方などが述べられて、大いに参考になる。ほんとに幸せな人生だなとほぼ全編、同感し、読書のない人生なんてと改めて口走りかけた。
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