読書通信2017年1月号

■ 年頭に当たり、昨年1~12月号で紹介した48冊の中からベストテンを選んでみた。ジャンルが片寄らないように心掛けたのと、知的な面白さを優先した点、ご了承いただきたい。知的という以上、当方の知的レベルが問われる点で忸怩たるものがあるけれど、もしお読みでない本があれば、バックナンバーでご確認を。
馬場錬成『大村智物語』(2)、上野千鶴子『おひとりさまの最後』(4)、中路啓太『ロンドン狂爛』(5)、樋口陽一・小林節『憲法改正』(6)、菅野完『日本会議の研究』(7)、福嶋聡『書店と民主主義』(9)、楊海英『逆転の大中国史』(10)、神奈川新聞『ヘイトデモをとめた街』(11)、竹村公太郎『水力発電が日本を救う』(11)、橋本明『知られざる天皇明仁』(12) (カッコ内は月号)
日本会議では青木理『日本会議の正体』(9)も加えておくのが公平だろう。ノンフィクションでのベストは『ロンドン狂爛』、エンタメならベストテンには加えなかったが立川談春『赤めだか』(2)が抱腹絶倒の「傑作」である。
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読書通信2016年12月号

■ イトマン事件が経済界を揺るがしてからもう26年になる。事件の陰の中心人物だった著者が克明なメモによって執筆した国重惇史『住友銀行秘史』講談社、1944円)はここまで書いていいのかと思われるほど関係者の言動を赤裸々に再現している。イトマンの河村良彦社長を住友銀行が全くコントロールできなかったのはなぜか。住銀の磯田一郎会長はどのように考え動いたか。著者は張り巡らした人脈により主要人物の電話・面談の時間や内容までつかんでいる。面白さでは今年随一かもしれない。
著者がいちばん追及したかったのは、老いとスキャンダルに身動きの取れない磯田会長に対してなお、顔色をうかがうばかりで主体性を発揮できなかった経営陣の無責任さである。サラリーマン経営者の保身はいつの時代にも経営を誤らせかねないことを痛感させられる。だがかつて、これほど執拗に追求した著者の真の動機はなんだったのか。文中、「住銀を愛したから」とあるが、本当か。本書に登場する新聞記者に「むしろ義憤だった?」と尋ねたら「そうだったかもしれない」という返事だった。
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読書通信2016年11月号

■ 憲法は「国民の権利」ばかりで「国民の義務」についての規定が少ない、という論者が(特に日本会議周辺に)多い。だが、そんなことはないだろう。なぜなら憲法とは、国家権力が勝手気ままに振舞うのを阻止するための「国民による、国民のための、国民の法律」だと思うから。だがその割に、われわれは憲法を十分に使いこなしていないような気がする。
そんな思いにぴったりの木村草太『憲法という希望』講談社現代新書、820円)は平易で読みやすい憲法入門書である。立憲主義という言葉を上滑りさせぬよう、本書で法の精神とか法と行政の関係について知ることが大切だと思う。具体論としても、夫婦別姓の考え方や辺野古移設と地方自治など、新鮮な視点を得ることができた。後半の対談ではNHK「クローズアップ現代」でおなじみの国谷裕子氏がうまく論点を整理して興味深い答えを引き出している。権力の暴走を防ぐために、国民各自が憲法を理解し、声を上げ、憲法学者をもっと活用すべきだ、というのが著者の言いたいことである。

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読書通信2016年10月号

■ スタンフォード(MBA)、国連、外資系証券、OECD(東京センター長)という華々しいキャリアの割に表紙には若々しい女性の写真…に引きずられたわけではなく、書名につられて買い求めた。村上由美子『武器としての人口減社会』光文社新書、799円)は外国暮らしの長かった著者が、外から見た日本の強みと問題点の両面に光を当てた本である。
強みというのは国民の学力、良質の働く力で、中高年社員の質は極めて高く、年齢を問わず女性パワーも世界がうらやむほどという。だが問題は、その潜在力が十分に生かされていないことで、彼らの就業率を高め、活躍してもらうためのさまざまな提言をしている。起業化率、女性活躍率、労働生産性など国際的に日本が低レベルなことはよく知られているが、少子高齢化の日本だからこそ打開するチャンスがあるというのが著者の言いたいことだ。「現在の職業に就くのに必要な学歴より、本人の最終学歴が高い就業者の割合」がOECD中、最高であるとか、国際比較の図表が多くて参考になる。
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読書通信2016年9月号

■ いかに安倍一強政治とはいえ、任期を2年残して任期延長が話題になるというのは尋常ではない。そうした今の政治状況に直截に切り込んだ本として面白く読んだのが池田信夫『「強すぎる自民党」の病理』PHP新書、864円)である。安倍内閣も野党もダメ、要するに老人に迎合しすぎている、というのだ。選挙で投票率が高いのは60代以上なので、「老人の老人による老人のための政治」という「老人翼賛政治」に陥ってしまうのだという。
そこまで言われるといささか抵抗感を覚えるが、政治がポピュリズムに堕してしまえば国が危うくなることは道理だ。無責任政党だった旧社会党、バラマキ福祉の田中角栄、政局頼みの小沢一郎、小泉の官邸主導革命、民主党「政治主導」の失敗、安倍政権の落とし穴、と言った具合に戦後政治から現在を照射してみようという試みは一応、成功している。参考になる個所はもちろん少なくないが、異論も多々ある。だが反論しながら読むのも読書の大事な役割である。なお政府の巨額債務はハイパーインフレによる「計画倒産」しか解決方法はなく、それは「新しい」野党が自民党システムを打倒する革命のチャンスでもある、という。
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読書通信2016年8月号

■ TPP交渉であれだけ日本に譲歩を迫ったアメリカがすっきりしない。山田優・石井勇人『亡国の密約』新潮社、1620円)を読むと、副題の「TPPはなぜ歪められたのか」がすとんと腑に落ちる。アメリカ側が心配するほどTPPで日本が譲歩を重ねた「理由」があったことが明らかにされる。かつてウルグアイラウンドで日本がコメを聖域として守るために米国との間で密約を結んでいたことが、TPPに色濃く影を落としているというのである。
ウルグアイではコメ死守の代償として、最低限の輸入量(ミニマム・アクセス)76万トンを受け入れたのだが、以後、アメリカ米輸入は36万トンが毎年、固定的に維持されている。農水省は否定し、情報公開もないが、日米密約の存在は否みがたいこと、もし約束をたがえればアメリカには制裁権があることが明らかにされる。ジャーナリストらしい執拗な取材によって一級品のドキュメントとなった。TPPの問題点をえぐっているが、単純なTPP反対論に立っていないのが説得力を増している。 続きを読む »

読書通信2016年7月号

■ いつになっても「自由」は我が手に余る。物質的自由と精神的自由という永遠の課題がかかわってくるのみならず、近年もヘイトスピーチや盗聴の自由はどこまで許されるのかなど新たな論点が次々に登場して悩ましい。猪木武徳『自由の思想史』新潮選書、1404円)は古代ギリシャ以来、自由を渇望した社会の思想史を縦横に論じていて大いに啓発された。
市場経済の暴走や民主主義の機能不全には今や誰も驚かないが、それは自由が過剰なせいなのか、真の自由が不足しているためか。本書は難しい議論もあるとはいえ、エピソード、映画、小説などが随所に登場する、著者の回想記の趣もあって息抜きしながら読めるのがありがたい。言論や表現の自由、投資と投機、宗教の役割、教養と自由など、本質を突いた、著者ならではの問題提起には多々、刺激を受けた。連載をまとめたものなので興味の持てる個所を拾い読みしてもなんら差支えはないはずである。 続きを読む »

読書通信2016年6月号

■地球温暖化をめぐる論争はさておき、関連ビジネスが世界中でどう繰り広げられているかの本格的ルポは初めてではないか。6年かけ24カ国を歩き回ってまとめたマッケンジー・ファンク『地球を「売り物」にする人たち』ダイヤモンド社、2160円)は、「異常気象」がもたらす新たなビジネスチャンスに群がる人々を生き生きと描いてみせる。要するに「棚ぼた」(原題a windfall)ビジネスの話だ。
北極の氷の融解で生まれる新航路、ツンドラの溶融で露出してくる地下資源、旱魃や洪水で生まれる膨大な水需要、海水面の上昇に備えるビジネス、熱病で潤うバイオ産業。こうした新たな需要と供給の関係は自由主義市場によってうまくいくと言わんばかりなのが気になるが、目ざとい人々の「活躍」で貧富の差がますます拡大することへの危惧の念は表明されている。加害と被害、利用と被利用、いずれの側からも多くのことを考えさせられる本だ。それにしてもチャンスと見れば食らいつくこんな人たちに日本人が伍していくのは容易なことではない。 続きを読む »

読書通信2016年5月号

■ 世界史の授業は年号が気になって楽しめなかったという人にも、飯倉章『第一次世界大戦史』中公新書、907円)は自信をもってお勧めしたい。戦争を指導者つまり人物から描いていて(しかも彼らがみな生き生きとしているので)、最後まで興味が持続すること請け合いである。そのうえ当時の諷刺画が多数収録されており各国の立場や敵国観なども明快に理解できる。著者は数年前に『日露戦争諷刺画大全』(芙蓉書房出版)という傑作を著しているが、今回も見事に諷刺画を活かし切っている。準主役の日本も時折姿を見せ、世界を揺るがした5年間について多くのことが学べる。このくらいは教養として知っておきたいことばかりだし、文章も読みやすいので中高生へプレゼントすれば世界史がきっと好きになるだろう。
■ 堤未果『政府は必ず嘘をつく 増補版』角川新書、864円)からは旧著での主張がその後の政治状況により一層確かなものになったという自負が感じられる。中東の独裁者が打倒された裏には常にアメリカの強い意思があったが、カダフィ独裁下のリビアで国民の大多数は幸せに暮らしていた、という旧著の指摘は昨今のシリア情勢と重ね合わせると説得力を増すことは確かだ。「真実を伝えないメディア」についての警鐘も適切だったことがはっきりしてきた。ただし旧著を未読の人にはともかく、袋とじされて思わせぶりな増補部分(「TPPの罠」の補足とマイナンバー制のまやかしなど30ページ)のために既読の人が再購入することはなかろう。
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読書通信2016年4月号

■ 「日本の思想1300年を読みなおす」という副題と、その割に280ページと手軽だったのでつい買い求めてしまった。著者が八面六臂の活躍をしている学者だったせいもある。内容は日本と日本人を考える材料がてんこ盛りに盛られていて、いかにも時代受けしそうな本の作り方だと感心した。
齋藤孝『日本人は何を考えてきたのか』祥伝社、1620円)は、古事記や万葉集から始まる日本語の特徴と融通無碍の国民性、仏教国だが無宗教で原理主義からは遠い国、西田幾太郎・鈴木大拙・二宮尊徳など独自の哲学の真髄といった具合に簡明に解説されるので、よくわかった気になる。あまりに話がどんどん進むのでもう少し深く知りたいと思うようなら著者の思うつぼだろう。自分の仕事にミッションを見いだせと言われて渋沢榮一の『論語と算盤』にでも学ぼうかという気になってきた。
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