読書通信2017年5月号

■ 昭和の自由主義者といえば長谷川如是閑、清沢洌、石橋湛山、河合栄治郎だろうか。彼らに共通するのは個が確立されていて、世の中がどう動いても座標軸は全く揺るがないことだ。湯浅博『全体主義と闘った男 河合栄治郎』産経新聞出版、2052円)はアカデミズムの世界にあってぶれることなく主張を貫き通した男の気骨の生涯を描き切っている。最初は大内兵衛などマルクス主義、次はファシズムと闘ったが、後者によって東大教授の職を追われても死を賭して自由主義の気概を守ろうとする。死の直前まで著述に専念する壮絶な生き様がベテランジャーナリストによって活写される。
評者は読み進む中で再三、石橋湛山との比較に入り込んだ。二人とも剛直でありながらリアリストで、膨張主義に反対しながらも愛国者だった。「日米戦争は不可避」でそうなれば「日本は朝鮮、満州、台湾、沖縄も失うだろう」という河合の先見性も湛山にほぼ共通していた。もし二人が語り合えば意気投合したのではないか。だが惜しいことになぜか接点はなかった。河合が戦後まで生きたら首相になっただろうと著者は推量の翼を広げている。確かに河合と湛山が戦後政治をリードしたら日本の道筋はまるで変わっていただろう。惜しまれる“if”である。
■ 国重惇史『住友銀行秘史』(本欄昨年12月号)と並び横尾宣政『野村證券 第2事業法人部』講談社、1944円)は異色の企業内幕本で、ともに話は実名で進む。著者の強烈な個性という点では甲乙つけがたいし、驚くほどの自負心が随所に読み取れる。上司や歴代経営トップについての遠慮のない描写も共通している。
独立して会社を立ち上げる過程で著者はオリンパスの巨額粉飾事件に巻き込まれる。オリンパスの経営者の「偽証」などから刑事被告人となって検察と闘う様もまた超人的である(まだ決着はついていない)。著者の人間性をどう感じるかはともかく、証券界を知る格好の書だ。
■ 好調続く週刊文春の編集部が自ら語った本、週刊文春編集部『文春砲』角川新書、864円)は編集部の内幕が明らかにされて一気に読ませる。編集長の問題意識、編集部員の仕事ぶり、スクープの作られ方。甘利明大臣の金銭授受、升添知事の公私混同、ベッキーや元少年Aなど記憶に生々しいスクープの一部始終が語られる。雑誌の力強さを示されて、やはり雑誌が弱体化した社会は怖くて脆いと改めて思った。
■ 漱石没後100年というので記念行事が盛んだが、作品論もさることながら松岡譲『漱石の印税帖』文春文庫、745円)には興味津々の事実が天こ盛りだ。世紀のベストセラー作家も当初の部数は意外に少なくて大増刷がかかったのは亡くなってからだとか、漱石の筆に似せた書画の偽物横行の話だとか、漱石の顔の話だとか。さすが漱石の娘婿らしく漱石ファンにはこたえられないエッセー集である。(浅野 純次)