読書通信 2011年9月号

①相変わらず新聞も週刊誌も福島原発による放射能汚染のニュースを大量に伝えれば伝えるほど不安をむしろ醸成している。世の中の不安が強ければそれに波長を合わせた報道が行われるのは世の習いかもしれないが、もう少し冷静な報道が必要ではないか。ということで最近読んだ原発ものの本で最も説得力のあったのが武田徹『原発報道とメディア』(講談社現代新書、798円)だった。著者は原子力の専門家ではないが、原発問題の本質をメディア論から分析してじっくりと考えさせられる。

 「賛成」と「反対」の二項対立で進んできたことこそが日本の原発をより危険なものにした。つまり「絶対反対」の立場から新たな立地、安全度の相対的に高い原子炉の設置が行われえず、老朽化した原発の稼動が続いたという。原発反対派といえども決して「勝者」などではないという問題提起は鋭い。メディアについても「安全・安心」を報道の基本軸に据えるならば、誰にとっても「安全・安心」である視点が求められるのに、現実には放射能汚染の脅威に対する警告ばかりが突出する報道がさまざまな作用を社会に及ぼしているとする問題提起など極めて貴重である。あおりばかり目立つ書籍の中にあって、この冷静な視点こそ「自分で考える」絶好の手掛かりを与えてくれる。

②福島原発事故は、東電、官邸、原子力保安院の入れ替わり記者会見で世論が振り回された。そのなかで原発の仕組みや状況がいちばんよくわかっていたのは東電のはずだが、真相を明確に伝える点では大きな問題があった。志村嘉一郎『東電王国 その失敗の本質』(文春新書、798円)は、東電という会社を歴史的に検証する中で、その企業体質と巨大な権力構造こそが諸悪の根源だと切り込んでいる。
 朝日新聞経済部記者だった著者は、歴代経営者のうち特に「木川田天皇と平岩外四侍従長」とする二人の超大物の足跡を中心にして「東電帝国」の実態を多面的に解明している(前者には好意的、後者に対しては厳しい印象だ)。政界、産業界、官界での圧倒的な影響力に加えて、メディア対策も抜かりなかったとして、古巣の朝日や他紙の記者たちへも皮肉たっぷりの記述がある。朝日退職後、電力中研顧問をしていた経歴は筆先になんら影響を与えなかったようだ。

③原発のせいではないだろうが、広島、長崎への原爆投下をめぐるドキュメントが目にとまった。読み始めると止まらないくらいこれが面白い。古川愛哲『原爆投下は予告されていた』(講談社、1575円)では、アメリカは原爆投下を何度も予告していた、ために投下の時期さえも知っていた陸海将兵は広島や長崎から逃避し市民は見殺しにされた、で投下予告放送を聞いた日本兵の上司への報告は握り潰された、長崎にいた連合軍捕虜を救出すべく原爆投下の直後に米軍艦艇が長崎港に入り米兵士が上陸していた、など信じがたい事実が紹介される。沖縄決戦の前に偉い役人や軍人が本土へ続々逃避した話を『鉄の暴風』という本で読んだことがあるが、いつも悲惨な目に遭うのは一般市民。新聞は無視しているが一読の価値がある。

④気分を変えてマンガ、谷口ジロー『ふらり。』(講談社、919円)の世界はどうだろう。50代に入り悠々自適のはずが蝦夷に測量に出かける、その直前の江戸の街を歩測して回る伊能忠敬。自然、動物、人々のゆったりした雰囲気が精密な画によって読むものの心にしっとりと入り込んでくる。事件は起きないし、深刻な話もない。この作風は誰にもまねできない貴重品である。江戸の街へのタイムスリップが楽しい。(玄)