読書通信2012年1月号

①戦争も犯罪も今やサイバー空間においてグローバルに展開されている。地球上のいかなる地点からでもいかなる国家、組織も機能マヒに陥らせる遠隔操作が可能である。個人的犯罪から国家戦略まで、狙った先を逃さず致命的混乱に陥れるネット技術は恐るべきレベルに達していて、これを防御する技術も発達はしているものの実態は防戦一方、後手後手に回っている現状は寒心に堪えない。中国がこれを国家戦略の中心に据えていることはよく知られるが、北朝鮮も核やミサイル開発などやめてサイバー攻撃力開発に専心したら世界は大変な脅威にさらされるだろう。

ジョセフ・メン『サイバー・クライム』(講談社、2415円)は、ロシアを中心とするハッカーたちが知能の限りを尽くしてアメリカの違法ギャンブル会社その他のサーバーを攻撃し莫大なカネを脅し取ろうとするのに対し、これを防ごうとするネットセキュリティの専門家と、犯人をわずかな予算と手掛かりから追跡逮捕しようとする捜査官の攻防を細密に描いたノンフィクション。へたな小説よりずっと面白いが、これは対岸の火事でなどまったくなく、日本としても官も民も本気で対応しないと、犯罪者たちがどんどん先へ行ってしまってからでは危機管理などお題目に終わるだろう。徹底した取材力に感服する一方、専門用語も出てくるけれど訳文もこなれて読みやすい。

②大震災から10ヵ月。津波被災への関心は、3月にもう一度盛り上がって、またしだいに薄れていくのだろう。それが天災の習いである。そうならないためには折にふれて震災にまつわる古典を読むに限る。文学者のルポもいいが、科学者の目も大事だ。というわけで今月は寺田寅彦『天災と国防』(講談社学術文庫、798円)を取り上げてみよう。
 昭和初期の物理学者で、たくさんの科学エッセイでも知られる著者は、関東大震災や浅間山噴火の体験、それに主として伝聞をもとに三陸沖津波などを取り上げて、備えと実際の対応などについて生き生きと論じている。「国防」というのは日本の地理的状況から軍事的備えが重要であると同時に、「気象学的地球物理学的にも○国よりも強い天然の強敵に対して」国家的備えをせよ、という提言である。大火についての詳述は読み過ごせないし、噴火も侮れない。

③対談本というのは勝手なことを言い合うか、お説拝聴に終わるかが多いが、小澤征爾×村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社、1680円)は文句のない出来栄えである。その功績の半分以上は相手から話を巧みに引き出したばかりでなく、自らも「素人」と謙遜しながら、多彩でユニークな考え方や疑問、それにプロも驚くほどのレコード情報を披露した人気作家にある。もちろんマエストロも興に乗ってさまざまな秘話を紹介し、音譜の読み込み方、音楽家やオケの個性など、まさに興趣の尽きぬ対談が続く。クラシックを聞くとジンマシンが出る人にはお勧めしないが、専門知識は(あれば何よりだが)評者など皆無に近いのに十二分に楽しめた。

④無人島に持っていく一冊と言われたら『新明解国語辞典』(三省堂)と答えようか。辞書をめぐる傑作なら高田宏『言葉の海へ』だろうが、三浦しをん『船を編む』(光文社、1575円)は辞典作りの内幕がよくわかる(だけではない)とても面白い出版小説。要領の悪い主人公「まじめ」をはじめ辞典編集部を取り巻く人物像もよく出来ていて、ポップな味わいもあり、辞典ならではの言葉をめぐる展開も効いている。ハッピーエンドも心地良い。