読書通信2012年3月号

①やれ「日本病」、やれ「日本化」と世界からコケにされている日本だが、通貨だけは独歩高である。ドルやユーロよりもまだましという不美人競争だとか、消極的選択肢だとかいうけれども、円買いの主は、美味な和食のコースに舌鼓を打ちながら「こんなガラパゴスみたいな料理がいつまで受け入れられるだろうかね」とか「こんな店はもうすぐ潰れるね」とか悪口を言っている国籍不詳の客の感がする。

 で、書名につられて読んだのがベンジャミン・フルフォード『仕組まれた円高』(青春新書、880円)だが、デフレの続く円を買うことでドルやユーロの崩壊に備える国際金融資本の思惑、というよりも陰謀がキーノートである。狙われているのは日本の個人金融資産であり、狙う闇勢力には欧米のみならず日本国内勢力もかかわっているという。中でも100万の信者がいるサバタイ派という闇勢力の先頭にはロックフェラーなどの金融資本家もいるというのだが、評者には事の真偽はわからない。経済は市場メカニズムだけで動いているのではない、ということだけは確かであるにしても、だ。とにかく常識を全面否定するたぐいの論旨で、半信半疑のまま読了となるかもしれない。
②ウォール街の内幕本で面白いのは『大破局』のようにトレーダーがポジションを取って大損をした話、投資銀行が顧客を手玉にとって大儲けする話、などだが、トッド・ハリソン『ウォールストリート』(朝日新聞出版、1785円)はトレーダーとして大成功を収めた著者が味わった天国と地獄の半生記として、なかなかよく書けている。ウォールストリートの内幕物としても教えられるところが多いが、単にそれで終わっていないところが魅力である。
 著者は成功のときも失意のときも、常に尊敬する亡き祖父、落ちぶれた父、あまり存在感はないが兄、これら肉親との心の交流に常に立ち戻る。そこに富と人生という問題が浮き彫りになる。不動産バブルに売り向かって一敗地にまみれた後、著者が向かうのは若者を啓蒙するユニークなコンテンツサイトの立ち上げである。そこに満たされた心を見出す著者の姿には強欲の街にはない爽やかな読後感がある。
③名作ダイジェストは珍しくはないが、著者が著者だけに興味を引かれた。斎藤孝『クライマックス名作案内1』(亜紀書房、1460円)は「人間の強さと弱さ」という副題で『オイディプス王』『金閣寺』『白鯨』など11の古典が取り上げられる。構成は著者や登場人物などの簡単な紹介の後、代表的な文章を引用したりしながら、ストーリーを追いつつ、作品の持つ魅力やパワーに言及する形をとっている。
 『魔の山』のように長編かつ哲学すぎて手が出ない名作がわかったような気になるのもダイジェストの強みである。これで読んだ気になってしまうのも困るといえば困るが、「ドラゴン・タトゥーの女」こと『ミレニアム』などはほとんどの人が読んでみたくなるだろう。続編として『罪と罰』『ヴィヨンの妻』などを取り上げた「男と女」編が出ている。
④落語家の話を本にすれば面白くなるのが普通だが、桂歌丸『恩返し』(中央公論新社、1575円)も例外ではない。生い立ちから入門、二ツ目、真打、落語協会会長など語られる苦労話も、すべて笑いの種にされる。師匠たちの横顔も面白いし、長寿テレビ番組「笑点」をめぐる裏話も読ませる。ばかばかしい話ばかりかと思えば、古典や新作に取り組む並々ならぬ努力には思わず背筋が伸びようというものだ。最後は十八番の「紺屋高尾」口演速記でびしっと締めている。