読書通信2012年6月号

① 電車に乗ると10人に7人はケータイあるいはスマホに熱中している。ジャンク情報を指一本で次々に渉猟しているのも多いし、中型の画面で電子読書中と思しき御仁もたまにいる。紙読書人間には抵抗感あふれる異次元世界である。しかし紙の本と電子本では脳の働きはまるで違うという本に出会った。

酒井邦嘉『脳を創る読書』 (実業之日本社、1260円)は言語脳科学の専門家が読書を脳の働きと発達の面から分析した異色の本だ。音楽の話にもうまく寄り道している。
 紙でも画面でも同じ文字を見ているのだから違いはないと思いがちだが、脳はそれほど単純ではない。特に脳細胞は10代までに100%形成されるので、その頃まで紙の本をろくに読まずに過ごしてしまうと、脳の発達は極めて不十分になるらしい。もちろん中高年においても紙の本のほうが脳の活性化にははるかに優れているともいう。想像力の重要性についての指摘は説得力十分だし、電子本も使い道はあるとして全面否定しないところもいい。子や孫のためにも一読の価値があり、もちろん自らのためにも興味津々の事実がたくさんある。語り口も平易で読みやすい。
② 東日本大震災復興には19兆から23兆円の予算が必要とかで、ために復興財源法を成立させて増税となった。本当にそんなカネが必要なのか。敢然と異議を唱えるのが原田泰『震災復興欺瞞の構図』(新潮新書、714円)である。そもそも大震災の被害実態についてまやかしが横行している。内閣府が発表した物的資産の毀損額17兆円弱が一人歩きしているが、著者によるとその根拠は全く薄弱で、実際は5兆円くらいのものだろうという。その推測の内実は十分納得いくもので、なぜこんな差が生まれるのかの説明も面白い。
 税金をとりたい役人、復興予算をたっぷり使いたい政治家と役人、それに業者の利害が集約されると無駄な復興が行われることになりかねない。阪神淡路大震災後に神戸で無駄な復興が進められてゴーストタウンになった例が紹介されているが、東北でもこれが繰り返されるなどあってはならないことだ。「復旧より復興だ」の声の危うさ加減も気づかされる。一読、腹が立ってくるが、腹を立てることも大事である。
③ ポール・ロバーツ『食の終焉』(ダイヤモンド社、2940円)は540ページに及ぶ大著だが、圧倒的な取材力のおかげで最後まで読み切ってしまった。日本という国の危うさはある意味で原発などより食ではないか、とこの本から読み取ることもできる気がする。グローバルな食のサプライチェーンは随所に地雷原を抱えており、本来「地産地消」が一つの解決策であるのに(本書はその点の追求がやや弱い)、一時的な経済合理性でのみ対応が進むことの問題点が浮かび上がる。飽食、飢餓、食のモンスター中国の今後、肉の生産流通体制、病原菌、遺伝子組み換え、その他あまたのテーマをめぐって世界を取材して歩く著者の行動力には頭が下がる。もうちょっと絞り込んでほしかったが、食を考えるうえで貴重なドキュメントである。
④ 松方正義といえば日本資本主義の生みの親の一人であり、特に財政家としての功績は大きなものがある。渡辺房雄『日本銀行を創った男』(日本経済新聞出版社、1680円)は西南戦争後の財政危機を救おうとする松方の思考と行動そして苦悩を描いた「小説」だが、財政、銀行、紙幣などをめぐる経済実態を詳細に描いて当時の状況がよくわかる。人物像もきちんと描かれているが、感動したりほろりとしたりするまでにはいかないのは、松方という人物がそもそもそうなのか、著者の手法によるのか、たぶん両方だろうけれども。(玄)