読書通信2012年5月号

① 宮崎勇・田谷禎三『世界経済図説』(岩波新書、756円)の第三版が出た。第二版からでも12年が経つロングセラーだが、この間の世界経済の激変(新興国の台頭、リーマンショック、ユーロ危機など)を考えると改訂増補が待たれていたところだった。旧版と比べても、環境、食糧、エネルギーなどの補強や新興国の位置づけ、その裏側としての先進国の内部矛盾の解説に力を注いだことがうかがえる。

 理解を助けてくれる膨大な図表が売り物だ。面白かった例を上げれば「アジアの相対的経済規模」でインド、韓国以下アジアのすべての国が束になっても日中いずれにも及ばないことがわかる図、G20メンバー国の比較表、エネルギー自給率が日本並みに低いのはイタリアと韓国である表、北京など中国の大都市の大気汚染度は亜硫酸ガスでいうと東京の5倍から18倍である表、過去20年間でジニ係数が低下(格差縮小)した国はギリシャ、スペイン、アイルランド、フランスである図、など見ていくだけで勉強になる。本文でも宮崎勇氏の貴重な持論が随所に展開されていて興味深い。座右の書として非常に便利である。
② 3・11をめぐる関連図書はあまたあるが、海から陸を見た(あるいは海と陸の境界域を論じた)本はまれだ。歴史的、国際的にこの問題に取り組んだ前著『海岸線の歴史』を踏まえ、大津波の後に現地を丹念に再訪して防災・減災と復興を論じたのが松本健一『海岸線は語る』(ミシマ社、1680円)である。
 その立場は巨大な防潮堤で津波に立ち向かうよりも、先人の知恵に学んで人は高地に住み、海辺に設けるのは漁業施設や公園のたぐいに限るべきだというにある。原発についても福島の海岸線との関係を論じていて立地の宿命性とあるべき形が明快に語られる。東京近郊の液状化現象を海岸線との関係(つまりは埋め立ての歴史)で言及したのち、内閣官房参与だった当時の体験も踏まえ復興へ向けての提言がなされる。前著と併せ読むことをお勧めしたい。
③ オリンパス事件は山一證券の飛ばしと同じで粉飾を隠し通そうとしながら株価の回復を待っているうちに、経緯は違うが露呈したという話である。粉飾してもキャッシュフローを精査するとわかることが多いが、今回はどうだったのだろう。ともあれ山口義正『サムライと愚か者暗闘オリンパス事件』(講談社、1470円)は読ませる。経営者がどのようにして深みにはまっていくか、組織が事実を隠すためにいかに策謀するか。企業犯罪を追及するフリージャーナリストの息づかいと体温が感じられる第一級ドキュメンタリーである。リアルで読み物としても優れているし、マスコミが自戒するためにも関係者には特に読んでほしい。余談だが菊川元社長がなぜウッドフォード氏を次期社長に選んだのかが明かされる日が待ち遠しい。
④ 前号で『歪笑小説』を絶賛したばかりで気が引けるが、東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(角川書店、1680円)もまた堪能した。廃屋化した商店が時空を超えた「場」になることで「悩み相談」の非現実的物語が展開する。オムニバス風の話が次々につながりを持ち始め、ユーモア小説、人情小説、人生小説として心温まる終幕へ向かう。ストーリーテラーとしてのうまさはいつもながらだが、人気作家によく見られる強引な筋書き、不自然な会話、現実から遊離した人物造形や行動といったさまざまな瑕疵がほとんどないところも気にいった。設定は非現実的だが、ほとんどの読者は、読み進むうちにそこを超越した物語の世界で空想をはばたかせ、楽しめるはずである。(玄)