読書通信2012年12月号

①昼のニュースで、中小企業に脱税を指南していたコンサルタントを東京地検特捜部が摘発したと言っていた。こういうときは必ず「悪質な」コンサルタントになる。本当に悪質かどうかメディアは確かめてニュースにする責任があるといつも思う。ともあれ問題は地検特捜部である。最近読んだ石塚健司『四〇〇万企業が哭いている』(講談社、1575円)は、「悪玉」コンサルタントに指導された中小企業が粉飾決算によって「返す当てのない」融資をだまくらかしたとして特捜が立件した事件をめぐるドキュメント。検察は正義の味方と思っている人も、正義のはずなどあるかと思っている人も、検察なんて遠い存在だと思っている人も、すべて一読の価値がある力作である。

粉飾決算が良いことであるはずはない。しかし、ここで粉飾すれば銀行からカネが借りられて、確実に元利は返済していけるというときの粉飾は前向きのそれであって、一概に非難さるべきではない。現に四〇〇万中小企業の7割はなんらかの粉飾をしているともいう。粉飾を全部摘発していたら日本経済は自壊するだろう。本書では「悪徳コンサルタントを摘発」という勲章めざして特捜が仕組んだ筋書きはまったく的外れだったのに、強引にコンサルタントと経営者ともども(二人とも人間性は立派だ)拘留、逮捕して起訴へもっていく。そして有罪判決。おかげでそのアパレル企業は倒産の憂き目にあうという恐ろしい話を、ジャーナリストらしい見事な取材力と筆致で最後までぐいぐい引っ張っていく。人の心を失った検察に対しては、かわいそうな人たちだねとしか言いようがない。
②地図を時間の流れの中で読むというのは、さまざまな発見に伴う面白さはもちろんとして、都市や地域のありようを考える大事な手掛かりを与えてくれる。振り返れば都市計画の欠陥などいやでも目に入ってくるが、後戻りはもはや不可能である。特に戦争を挟むことでそうした思いはいっそう強まる。
今尾恵介『地図で読む昭和の日本』(白水社、1995円)は前著『地図で読む戦争の時代』よりもスパンを長くとって大正、戦前戦後の変遷を三枚の1万分の1地図から読み解いていく。読み手の知らない土地でも俯瞰と地上からの目線をない混ぜて描くことでしっかり興味をつないでいる。銀座から立川、京都、宇品、博多まで28ヵ所、それぞれに個性的なのはいいが、街として今、美しいかどうか、それが問題だろう。
③元素周期表などもう見たくもないという人が多いかもしれない。しかし吉田たかよし『元素周期表で世界はすべて読み解ける』(光文社新書、777円)は意外に面白い。宇宙や地球の成り立ちも解けるし、何より人体の構成元素の話は一つ一つが腑に落ちる。難しいところは飛ばせばいいし、元素と健康にからんでは知っておいて損のない話が次々に登場する。特に放射能汚染のヒントは元素表でなければ得られない。
④最初は死者が蘇生されて働くなんてあまり気持ちがいいものではないなと感じた。しかし読み始めるとSFとしての設定の面白さと歴史的、社会的、科学的裏づけの精緻さに引き込まれて最後は巻を置くことあたわずの感で読み切った。450ページの大部を破綻なく見事に「帰着」させた伊藤計劃・円城塔『屍者の帝国』(河出書房新社、1890円)は近年のSFの金字塔ともいえる。生命とは、意識とは、人間とは。エンタテイメントとしても一級品だが、それにとどまらぬ深い問いが投げかけられる。若きワトソン博士はじめ歴史上、文学上の人物がアフガンや維新の日本、開拓期のアメリカで活躍するのも楽しい。