読書通信2013年5月号

①領土をめぐって日本外交は見るも無残な結果を招いている。端的に言って「外交敗北」の一語だ。これ以上、こじれさせず、実利をどうとっていくか、知恵と汗が問われる。ともかく正解にたどり着くためには正確な事実関係が大前提になる。相手と同じ偏狭なナショナリズムが有害無益なことは論を俟たない。
東郷和彦『歴史認識を問い直す』(角川oneテーマ21、820円)はその点で極めて有益な一冊である。外務省条約局長、欧亜局長などを務めた著者は、歴史を冷静に見詰めつつ、戦略的、論理的に説得力に富む分析と提言を行っている。尖閣は「入らない、調査しない、つくらない」を守る、竹島は佐藤・朴政権時の「密約」に立ち戻り「平和と協力の島」として活用する、北方領土は二島+αで引き分けに持ち込む。いずれも現実的な提言である。さらに歴史認識の問題で靖国、従軍慰安婦、日台関係の三つを追究していてこれらも示唆に富んでいて多くを知った。最終章「富国有徳の日本」へ向けての提言も、目先の課題に追われがちな各界リーダーたちに重要な問題を提起している。

②歴史に学ばぬ経済論議、経済政策は必ずや国を誤らせる。若田部昌澄『経済学者たちの闘い』(東洋経済新報社、1050円)は10年前に話題を呼んだ良書だが、このほど増補版として再登場した。経済学史の第一人者が金融とデフレを中心として展開されてきた多様な世界的経済論争を鮮やかに捌いてみせる。そして補章「リフレ戦記」では日本の金融政策とデフレ論争の迷走、そしてリフレ政策の正しさを新たに書き下ろしていて参考になる。石橋湛山の戦後期のリフレ政策についての旧版での否定的評価を見直しているのも嬉しい。下世話で恐縮だが、お買い得の一冊である。
③日米が開戦するまでの双方の大使はどのような仕事をしたのか。日本は斎藤博と野村吉三郎、アメリカはジョセフ・グルーだった。斎藤は関係改善のため素晴らしい働きをし、昭和14年にかの地で病死したときにはアメリカは最大限の敬意を払った。対するグルーは昭和7年に横浜港に降り立ってから10年、開戦回避へ向けて獅子奮迅の働きをする。
太田尚樹『駐日大使ジョセフ・グルーの昭和史』(PHP研究所、1785円)はグルーが日米開戦を回避すべく日本の要人と連携を密にし、そして国務省へ向けて日本を追い詰めないよう提言し続けた様を克明に追うドキュメンタリーである。単なる知日派以上に心から日本を愛し、かつ日本人を熟知していたグルーは、戦中から戦後にかけては天皇制を守り抜くために全力を傾けた。アメリカの一外交官という視点から眺めた昭和史は斬新で、併せて日本の政治家、軍人、外交官などの具体的描写も極めて興味深い。
『ちょっとピンぼけ』は書棚からすぐ見つかった。タイトルはSlightly out of Focus by Robert Capaで初版が56年、蔵書は71年の13版だった。この本には彼の撮った70枚余の写真が収録されているが、キャパの名を広く世界に知らしめたスペイン内戦時の写真「崩れ落ちる兵士」はない。この「傑作」はスペインのどこで撮られたのか、本当の戦闘シーンか、そもそもキャパ自身の撮影になるものか、多くの疑問があった。
沢木耕太郎キャパの十字架文芸春秋、1575円)はこの謎を解くべく尋常ならざる探究心によって「真実」を追い求めるノンフィクションだ。粘っこい調査と分析によって次々にベールがはがされていく過程はもちろん興味津々だが、「真実」がキャパに背負わせた十字架はあまりに重く、それを終章での余韻につなげていく著者の筆さばきは流石である。