読書通信 2011年8月号

①経産省の現役幹部による内部告発の書が話題を呼んでいる。古賀茂明『日本中枢の崩壊』(講談社、1680円)がそれだ。著者は公務員改革への強い意志をもって改革推進本部の要のポストにつくが、渡辺喜美行革担当大臣の交代とともにはしごをはずされた形になる。送配電分離の提起などそれまでもなにかと上司からは煙たがられ、ブレーキをかけられてきていたのだが、『エコノミスト』『週刊東洋経済』への寄稿で事態は決定的となり、遂に大臣官房付という窓際に押し込められていく。

 著者の問題提起がいかに封じ込められたか。最後は福島原発事故にあたっての東電処理策がタブーとなっていく話が中心となる。安倍から菅までの各政権での公務員改革が後退の一途をたどる様を描写し、省益追求と天下りなどの私益を最優先する官僚を指弾し、政治の劣化を俎上に乗せる。強い危機感のもとに書かれた内容は首肯するところが多いが、ではどうするのか。民主も自民も頼りにならないという文脈の裏は、みんなの党が党勢を拡大するしかないというふうにもとれる。「補論―投稿を止められた『東京電力の処理策』」で「東電の広報原則禁止。…毎日社長が土下座会見をする」という主張にはびっくりした。

 ②人間は利己的か利他的か。哺乳動物も種の保存という面では利他的になるのだろうが、保存するために利己的であらねばならない面ももちろんあるだろう。だが人間にはもう少し違った脳の働きがありそうだ。時代や環境によって利己的な面がぐんと強まることも否定できず、今がそうでなければいいのだが…。

 ということで柳澤嘉一郎『利他的な遺伝子』(筑摩選書、1680円)を読んでみた。前半の脳とホルモンの章は前提ともいうべき話でやや冗長の感もあるが、「三歳児神話はほんとうか」「利他性はどこからくるか」の章になると本題に迫ってがぜん面白くなる。乳幼児の頃にどう育ったかがとにかく大事なことで、このとき母親の愛情から遠く育った子が親になったとき、まさに悲劇は訪れる。遺伝子と環境、どちらも重視しなければ…。利他のない経済成長と、その逆と。どちらが幸せな社会なのか、考えてしまった。

 ③子規について書かれた本はあまたあるが、従軍記者としての子規を詳細に調査し、多面的に言及した本は初めてではないか。末延芳晴『正岡子規、従軍す』(平凡社、2730円)は予想以上に面白かった。松山時代の章では漢文、漢詩のたしなみが主題だが、それが伏線となる。新聞「日本」に入社して俳句にからんだコラムを担当するが、肺病を病み反対されながらも日清戦争への従軍を決意するに至る。その動機は何か。現地で何があったのか。そして戦争体験は子規文学に何をもたらしたのか。

 漢詩の素養が子規の俳句に大いに影響した経緯を丹念に叙述した部分は鮮やかである。喀血を繰り返しながらの子規の半生は常に悲劇的ではあるが、その内実を掘り起こしながらの論考は高く評価されてよいのではないか。と同時に岸田吟香、福地源一郎、犬飼毅など明治期の従軍記者と比較を試みながら論じたところに厚みが増した点も指摘しておきたい。

 ④北沢秋『哄う合戦屋』(双葉文庫、650円)は楽しめた。甲斐の武田と越後の長尾に挟まれた信濃の地。名もない豪族が、流れ者の軍師のおかげで次々に合戦に勝利していく。だが豪族が軍師の胸中を疑い始めたとき、事態は急変する。類まれな才能をもつ豪族の娘もからませて、戦国の世の人々の心理を描いて出色である。自信をもってお勧めしたい。(玄)