読書通信 2011年6月号

①政治は論外として日本経済も風前の灯と言わんばかりの国内論調が強まるなか、世界中の政治家が日本を無視するかのごとき態度をとり、世界のメディアが日本をたまに取り上げれば揶揄する記事、という状況が重なる。人気エコノミストの上野泰也『国家破局カウントダウン』(朝日新聞出版、1680円)もプロローグ「日本は沈没しつつある」以下、全編にわたり日本の現実を厳しく見詰めている。

 帯のキャッチコピーは「余命5年」とショッキングだが、本文に、国債・地方債が潤沢な個人金融資産で円滑に消化されるのはあと「5年前後」だとあるところからのコピーらしい(もっとも続けて「遅くとも10年後に、事態は悪化する」ともあるのだが)。ともあれ余命はわずかだとかで、その根拠がこれでもかこれでもかと俎上 にのぼる。ただし日本の経済社会にも強みや良さが多々あるのに指導者たちや官僚が生かしてこなかった点への言及もほしかった。最後に「筆者はしばしば悲観論者と揶揄されてきたが」あきらめたわけではない、として対策を挙げている。移民受け入れ、訪日観光客の拡大、託児機能の強化という「日本を救う三つの処方箋」がそれで、移民は若干議論が出そうだが、少子化、人口減対策として特に意外性はない。巻末に一節、震災後の見方が付け加えられている。

 ②天皇在位60年記念10万円金貨が発行され、その偽コインが海外で大量に造られて日本に還流した事件は記憶に生々しい。天皇金貨には昭和61年の刻印が押されている。もう25年前のことだ。だが、この偽コイン騒動は日本と世界を巻き込んだ複雑怪奇なでっち上げだった。そのドキュメンタリーノベル、加治将一『陰謀の天皇金貨』(祥伝社、1995円)はまさに事実は小説よりも奇なりの趣があって読ませる。

 話は、アメリカの砂漠の町で出会ったコイン商が明かした思い出から始まる。偽造された天皇コインを大量輸入した容疑に問われたコイン商だったが、偽造と判断した検察や大蔵省、日銀の態度も不可解なことだらけ。隠された事実を追う著者の探索の旅は欧米各地へと広がり、真実のベールが一枚一枚はがれていく過程は、巻を置くのが惜しいほど面白い。通貨そのもの、記念通貨、スイスの金融機関、プラザ合意など多くの知識を織り交ぜた経済小説でもある。中曽根や竹下など政治家は実名だが、陰謀の中核にいた大蔵省幹部は仮名。版元では何か言ってくるかと待ち構えていたようだが、このミスターXからは今のところ何もないらしい。第一級の小説としてお勧めする。

 ③日本語は奥が深い。だからその薀蓄 は興味が尽きることがない。井上ひさし『日本語教室』(新潮新書、714円)は、言葉遣いの名手が、母校で行った日本語をめぐる連続講義4回分を収録したもので、著者ならではの饒舌 な語り本である。漢字、ひらがな、やまとことば、方言。日本語を愛する気持ちとともに、日本語を存分に躍動させたいという思いが伝わってくる。それほどとも思えぬ、ひさし流冗談の連発に会場が笑いに包まれるのも講義録ならでは。④

 WEB文芸の企画「オツイチ小説再生工場」から生まれた乙一『箱庭図書館』(集英社、1365円)は何よりも小説の作られ方がユニークだ。素人作家たちの書いた小説を換骨奪胎して、プロが素材をさまざまに活かしながら書き上げた六編。テーマも味わいも仕掛けも違うが、舞台の町や登場人物が最後には重なり合う、そのあたりの著者のテクニックには感服させられる。ミステリー風あり、どんでん返しありで楽しめる青春短編小説集となった。(玄)