読書通信 2011年7月号

①「リーダーシップのないリーダー」は矛盾した定義であるが、昨今の日本はそのような宰相を数人、連続して目の当たりにしてきている。宰相でも首長でも社長でも、あるいは指揮者でもいいが、非常時に凡庸なリーダーをもった組織、国家ほど悲惨な話はない。戦後日本の政治家が発揮した最高のリーダーシップは、鳩山一郎の日ソ平和条約でも佐藤栄作の沖縄返還でもなく、ましてや小泉純一郎の郵政民営化などではありえずして、首相・田中角栄と外相・大平正芳の日中国交回復であると思うが、どうだろう。

 その政治と外交のドラマを丹念に検証した服部龍二『日中国交正常化』(中公新書、840円)は膨大な文献と生存する関係者からの聞き取りによって研究書としても十分に評価しうる力作である。特に外務官僚が水面下で果たした重要な役割を記録に残した功績は大きい。台湾との関係を落ち着かせるだけでも大変なのに、中国とも虚々実々の交渉を結実させた田中、大平コンビは、今の政界には稀な使命感の横溢を感じさせて、感激的でさえある。官僚の使い方ひとつとっても隔世の感がある。政治家を志すものはもちろん、政治家を選ぶ側も一読の価値がある。

 ②大震災以降、日本人の心には「利他」の精神が蘇ったのではないかとも言われ、確かにそうだと思わせるものもあるが、「放射能」風評がそこここで生じていると聞かされると、むしろ非常時に「自利」しか考えられなくなっているのかと悲しくなる。大震災とは直接関係はないけれど、大山泰弘『利他のすすめ』(WAVE出版、1470円)を読むと、日本にもこんなすばらしい会社があるのかと大抵の人は感心するはずである。だから風評形成に積極的な人こそ読んでほしいけれど、そういう人は関心を持たないのだろう。
 著者は従業員74人の日本一のチョーク会社の社長だが、ひょんなことから知的障害の人たちを社員に迎え始め今では全社員の74%に達していて、しかも見事に経営を成功させている。この本のいいところは、著者が理念として知的障害者の採用を始めたというよりは、知的障害の人たちによって次々に教えられてここまで来たという姿勢であり、しかもどの会社にも適応できそうなヒントが詰まっていることだ。経営書としても大いに参考になる。

 ③差別語といえば同和、同和といえばコワイというのが世間の常識となって半世紀。特にマスコミは差別語には過敏なほど神経質になって訳のわからぬ言い換えばかりが横行している。今では視聴覚や肢体にかかわる差別語はご法度だが、「盲点」「カーキチ」「びっこの犬」「片手落ち」など微妙な使われ方は残っている(「片手」は「腕」ではなく「手際」のことらしい)。

 上原善広『私家版差別語辞典』(新潮社、1260円)は、路地(部落)出身の著者が地域、場所、心身、職業などの差別語を自らの体験、探求などをもとに解説し論及していて参考になるばかりでなく、差別の本質を考えるにも役に立つ。著者の立場は柔軟かつ非常に理知的で説得力に富んでおり、しかもいくつかの興味深いルポが挟み込まれている。

 ④健康に気をつけている人は多いが、歯となると結構いい加減なようだ。現に歯の健康診断はまれで、歯の予防を強制化すれば医療費は相当減るというのが評者の持論である。実際、不健康も痴呆も歯の疾患からということが多い。倉治ななえ『歯がいい人はボケにくい』(角川SSC新書、819円)は歯の病気、歯の常識、歯の磨き方などを知る手頃な入門書。たかが歯とは言ってはいられないことがわかる。(玄)