読書通信2013年10月号

① アメリカは世界で最も進んだ国であるとしても、それは良くも悪しくもという意味での最先進国だろう。競争市場、規制緩和、所得分配、政産複合体、民営化等々でアメリカに後れをとっているといって日本を批判する識者が相変わらず多いのには本当に辟易する。
評価の高かった『ルポ貧困大国アメリカ』二冊に続く完結編、堤未果『(株)貧困大国アメリカ』(岩波新書、798円)は三度アメリカの影の部分を赤裸々に報告している。甘言に乗り1億円もの借金をして養鶏場を拡大した農民が大手食品会社や商業資本の「奴隷」となっていくデットトラップ(借金の罠)、「オーガニック食品」の美名悪用で食品会社が垂直統合を進めて巨大化し農民や消費者が取り込まれる仕組み、財政健全化の名の下に自治体の公共サービスが次々に消えていく実態。目先が利き狡猾で政治を活用できる一部の企業だけが肥え太っていく件は圧倒的だ。対岸の火事などとは言っていられない、考える素材がたっぷり詰まっている。
② 化学は苦手だった、今さらもう結構、という人は少なくないだろうが、佐藤健太郎『炭素文明論』(新潮選書、1365円)は化学式などほとんど無関係に話が進む。高校化学が1か2だった人でも安心して読める食文化やエネルギー文明にかかわるとても面白い教養書である。でんぷんや砂糖、香辛料、コーヒー、麻薬がどう世界に広がっていったかとか、ニトログリセリンや石油がどのように登場して世界を動かしたか、あるいは尿酸、タバコ、酒と人間の体の関係だとか、炭素のタの字さえ現れないページが結構続くのだが、炭素がいかに人間社会を動かしてきたか、改めて感服させられる。雑学的なことも含めてこれほどユニークな文明論は寡聞にして知らない。文章もすこぶる快調である。
③ 副題は「久我山農場物語」とあるがこの農場は「陋屋」の庭にあって12坪しかない。にもかかわらず小型の耕運機によって耕されている。というのは農場主が昭和8年生まれの老人だからだ。というわけで伊藤礼『耕せど耕せど』(東海大学出版会、1470円)は10年も続いてきた著者の野菜づくりの蘊蓄と気ままな「農場経営」記で、作物・虫類・メダカの観察記でもある。まことに愉快な農的生活で今年のベストエッセイに推したくなる。
④ 相場英雄『震える牛』(小学館文庫、750円)の書名の意味は狂牛病である。殺人事件の背後に狂牛病の存在を疑った刑事が、スーパーや食肉業者などの関与を追及する経済小説。食の安全性、食品価格の矛盾、流通資本の地方展開と地元商店の苦悩、TPPなど日本が直面する課題が交錯する中で、登場する官僚やジャーナリストの言動が甘すぎる。テーマがいいだけに惜しまれるところだ。(純)