読書通信2013年11月号

① ノーベル賞受賞の経済学者の中でも、クルーグマンやスティグリッツの言説には温かみがあり説得力がある。リフレ派であって弱者の立場に立つというのは、日本では両立しないように考える人が多いかもしれないが、そんなことはないという好例だろう。たとえマイルドでもインフレはなべて庶民の敵という考え方はいいかげんに改めたいものだ。
ポール・クルーグマン『そして日本経済が世界の希望になる』(PHP新書、840円)はアベノミクスを誉めすぎている点が少々気になるが、デフレの弊害を指弾しつつインフレ期待を通じての経済成長と適切な所得再配分を論じていている。実質金利の重視、中央銀行論、「インフレの恐怖」への反論、安易な消費税引き上げ批判など、十分に説得的だ。ちなみにクルーグマンはインフレ目標は4%でもいいと言っている。巻末に山形浩生氏による簡にして要を得た解説がある。
② 日本人が誇りとしていいものに質量ともに世界一の中小企業群がある。特に東の大田区、西の東大阪市は職人的技術、集積度、多様性から言って日本の宝と呼ぶに値する。小関智弘『どっこい大田の工匠たち』(現代書館、2100円)は、その中でも大田区から表彰された従業員3人以下の町工場15を聞き書きした、読後感のとてもいい本だ。
著者は地元の旋盤工を40年勤め上げたライターで、たくさんの著作がある。今回もまた著者でなければ気がつかない技術的視点や零細企業の後継問題など、経営の苦労を緻密に追究している。日本の底力を知りたい人にはぜひお勧めしたい。登場する経営者つまり工匠のスナップ写真がみないい顔をしている。
③ 日中関係は表面、最悪である。互いに嫌いな国ナンバーワンで、交流もままならない。で、中島恵『中国人の誤解日本人の誤解』(日経プレミアシリーズ、915円)はフリージャーナリストの著者がたくさんの中国人に生の声を聞いて回った結果の報告である。
日本が戦争を仕掛けてくると信じている人、抗日ドラマ以外の日本をまったく知らない人、反日デモや自国の新聞・テレビを冷めた目で見ている人。とにかく多様であり、「中国は」とか「中国人は」とついくくって言ってしまいたくなる人には一読の価値がある。
④ 司法小説というと小難しそうな気がするかもしれないが、柚月裕子『検事の死命』(宝島社、1575円)はそんなことはない。前作で大藪春彦賞を受賞しただけのことはある。といって内容は結構重く、主人公の検事が郵便局員の不正を立件したり、痴漢事件の被告と被害者の間に立って検察幹部や政治家の圧力をはねのけるという、スリリングな物語だ。検事としての苦悩、使命感など内面も書き込まれていて、司法の世界が楽しめる。(純)