読書通信2017年2月号

■ 宇沢弘文先生には7~8年前、経済倶楽部で年初に2度、講演していただいたが、80歳を超えてかくしゃく、奔放な話しぶりが印象的だった。亡くなられて2年余、残された2000本の論文の中から選び抜いて生まれたのが宇沢弘文『宇沢弘文傑作論文全ファイル』東洋経済新報社、4860円)である。著者が切り開いた社会的共通資本に関連する論文が多数収録されているが、個別テーマとしては環境、医療、教育、農業という柱が注目点だ。執筆当時の現状批判と理想像の提示が今なお新鮮で十二分に通用する点、本書の価値は極めて高い。
通奏低音として流れるのは市場原理主義的な思考や政策への強烈な批判であり、シカゴ大学時代のエピソードなどまたしても引き込まれた。宇沢経済学の特徴を一言で言えば、時代を先取りした問題提起と、弱者への温かい視点ということになろうか。420ページに及ぶ大著だが、倦むことなく通読し、今後は書棚の特等席に置いて折にふれて読み返したいと思った。
■ 日米同盟は確かに強固かもしれないが、片務的な性格の上での強固さだろう。特に日米地位協定はあまりに日本に不都合である。吉田敏浩『「日米合同委員会」の研究』(創元社、1620円)を読んで、その感をさらに強くした。
本書によると、委員会はニュー山王ホテルという名の「米軍基地」で月に2回開かれる。出席者は米側が軍官、日本側が外務官僚という外交上ありえない組み合わせだ。国会にさえも明らかにされない密室協議で、基地管理、米軍の事故への対応、米軍の空域(航空管制)問題など日本の主権と国益にかかわる密約が決められていくのだという。これでは対米従属を否定するのも容易でない。次々に驚くべき実態が明らかにされるが、とはいえ、「密室」は厚いベールに包まれてなお隔靴掻痒の感が残った。
■ 最近までニューヨーク・タイムズ東京支局長だった著者によるマーティン・ファクラー『世界が認めた「普通でない国」日本』祥伝社新書、864円)は日本にとても好意的だ。戦争放棄も今の天皇も日本のODAも日本文化もみなすばらしいし、日本はアントレプレナーの国であるとさえ言う。だから日本の強みを活かせばいいのだとも。ただし政治の劣化には手厳しい。逆説的に、米英のような「普通の国」を目指さないことが大事だと力説している。
■ ほとんどの日本人にとって明治維新と明治という時代は薩長史観の上にある。しかし森田健司『明治維新という幻想』歴史新書・洋泉社、1026円)はそうした常識を徹底的に打ち砕く。江戸の庶民はみな幕府の味方だったことを当時のかわら版の判じ絵で解き明かし、大久保利通、西郷隆盛、伊藤博文の三傑の負の実像を明らかにし、幕府軍側から見た明治維新を紹介するなど、目から鱗の近代史の趣がある。頭の体操としても格好である。(浅野 純次)