読書通信2017年6月号

■ 昨今、立憲制も天皇制のあり方の議論もおかしな雲行きである。この際、天皇機関説と国体明徴問題について知っておくことは「神の子孫としての天皇という権威」を錦の御旗にした軍部による戦前の忌まわしい歴史の再現を防ぐ意味でも極めて重要だろう。山崎雅弘『「天皇機関説」事件』集英社新書、820円)は天皇を神格化して自分たちに都合の良い方向へ日本をもっていこうとした軍部や政治家たちによって立憲主義が機能停止させられる一部始終を述べきたって間然するところがない。
「陛下を機関呼ばわりするとは何事か」というのは大衆受けのする「糾弾」だった。しかし大事なのは党利党略に走った立憲政友会などの政治家と美濃部達吉に冷たい態度を取り続けたメディアの責任の大きさである。いつの時代にも政治とメディアがしっかりしているか否かが問われる。昭和天皇は一貫して機関説に同意し機関説排撃に不快感を抱いていたが、その真意が広く国民に共有されることはなかった。「万世一系」を唱える人々が立憲主義を脅かしている今の時代が、本書の描写と二重写しになって見えるのが杞憂でなければ幸いである。


■ 幕末から明治維新をめぐる薩長史観についての批判本が増えているのは喜ばしい。鈴木正一『明治維新の正体』毎日ワンズ、1620円)は列強の開国要求から大政奉還まで徳川慶喜と薩長を中心に描いたユニークな歴史書であり、本欄でも取り上げた原田伊織『明治維新という過ち』とはまた別の面白さを楽しめる。
慶喜は鳥羽伏見の戦い後、大坂から江戸へ逃げ帰ったというので嘲笑されることが多いが、本書によれば「幕末最高のステーツマン」であり、他方、西郷隆盛は国家や民衆のことなど一顧だにせず、江戸を焼き払っても倒幕をめざそうとしたテロリストだという。フランス革命に先立つ17世紀、水戸学は万民平等の思想を確立したとして高く評価しているのも興味深い。
■ 経済ヤクザの実態を追うのはたいへんな難事だろう。一橋文哉『経済ヤクザ』角川文庫、777円)の著者は本名ではないし、相手も時に覆面で取材に応じたりする。乗っ取り、復興利権、ITがらみなどさまざまな犯罪に経済ヤクザがどう暗躍しているか、生々しい筆致で彼らの知能犯ぶりがえぐられる。一方、表の世界は有名企業であり政治家である。かかわりのない我らにとっては驚くべき闇の世界だ。
■ 林望『役に立たない読書』インターナショナル新書、777円)はリンボウ先生、初の読書論だとか。本は自分で買って読め、図書館では借りるな、ベストセラーは無視、買ったらよほどのことがなければ売るな、日本では電子書籍ははやらない、など興味津々の卓論が並ぶ。役に立つか立たないかより、知的に面白い本に没入することが大事だというのが書名の趣旨だが、確かに読書は楽しくなくては。(浅野 純次)