読書通信2017年12月号

■ トップに小説を取り上げるのはいかがかと思うが、門井慶喜『銀河鉄道の父』講談社、1728円)は今年屈指の秀作と思うのでまず紹介したい。宮沢賢治についてはあまたの著作、研究がなされているが、質屋業で成功した父親から見た賢治への微妙な思いと、それに対する賢治の複雑な心境と揺れる言動というまことに新鮮な切り口を準備した時点で、本書の成功はほぼ決定的となったと言ってよかろう。
賢治は高等農林でも卒業後も勝者ではなかった。それを見守り誘導しようとする父の存在は、賢治にとってありがたくもありわずらわしくもあったらしい。父の愛情が大きければ大きいほど賢治の苦悩と葛藤もまた大きくなる。そして、突如として奔流のように生まれ出始めた数々の名作。とはいえ売れない作家のまま賢治は病に倒れる。経済書もいいが、時には優れた文学書で頭と心をリフレッシュさせてはどうだろう。
■ これはビジネス書なのだが、唐池恒二『本気になって何が悪い』PHP研究所、1836円)は微苦笑小説の片鱗も垣間見られ、前著『鉄客商売』で見せた筆力はますます快(怪)調だ。「ななつ星」などJR九州の話題度を劇的に高めた(だけでなく経営も成功させた)著者は今、JR九州会長。三島(三等)鉄道としてスタートしたJR九州は本気度がすごかった。
海に目を向けた韓国航路開設、外食事業進出と東京出店(赤坂の「うまや」)、鉄客商売のさらなる推進など、九州の魅力を高めながらしつこく事業を多角化、高度化していく様が描かれる。文章はユーモア(というか駄じゃれ)満杯で、笑ったり感心したりしながら経営の奥義を学ぶに格好の書である。
■ 山田昌弘『底辺への競争』朝日新聞出版、777円)は、かつてA・トネルソンが「The Race to the Bottom」で論じたアメリカの惨状が今や日本にそのまま当てはまる状況になったとして書名に採用したという。アメリカも厳しいが日本は未婚率が高まる一方という意味ではもっと厳しい。著者が20年近く前に造語した若者の「パラサイトシングル」が今はまさに中年パラサイトシングルの時代というにふさわしいようだ。統計と聞き取りをもとに本書が明らかにする日本社会の実状は寒々しいの一語であり、ここまで格差を放置してきたツケは心の荒廃を含め、驚くほど大きい。政官産のリーダーのみならず広く読まれるべき貴重な告発の書である。
■ 多作の推理作家の手になる西村京太郎『沖縄から愛をこめて』講談社文庫、669円)は陸軍中野学校出身の謀略の専門家42人が沖縄戦に送り込まれた事実の中で、参謀本部の思惑を解き明かしていく推理戦争小説であり、沖縄戦の実相も次々に明らかにされる。沖縄はどう利用されたのか、本土と沖縄の溝はどれほど深かったのか、フィクションでありながらここには「真実」が繰り広げられてもいる。(浅野 純次)