読書通信 2021年4月号

■ 地方創生ほど誰も反対しないわりに実績の乏しいスローガンは珍しい。国政や中央官庁に責任はあるにせよ地方自治体や地方全体も問題ではないかと思っていたら、格好の指南書を見つけた。木下斉『まちづくり幻想』SB新書、990円)は地方の実情を知り尽くした著者ならではの、目からウロコのヒントにあふれている。パンデミックで東京一極集中に歯止めがかかりつつあるという俗論(幻想)を本書は一蹴し、地に足のついたまちづくりを提案する。
「予算さえあれば地域は再生する」「みんなでがんばれば何とかなる」「外部の知恵を導入しよう」「よその成功例に学べ」。これでは失敗は目に見えている著者は言う。とくに中央のコンサルティング会社に丸投げするのは最悪で、カネがあったら地元で人材教育を進めよというのは至言だろう。あまた登場する成功例、失敗例を生かさない手はない。巻末の「まちづくり幻想を振り払うための12のアクション」(①外注より職員育成、②地域に向けても教育投資が必要、③役所も…)は必読の問題提起である。
■ 昨今の政治家や経営者に何より欠けているのが哲学というのは寂しい。と嘆いていたら小川仁志『むかしむかしあるところに、哲学者がやってきた。』高橋書店、1540円)が目に留まった。表紙に「7つの昔話で学ぶ哲学入門」とある。漫画で楽しませながら哲学を学ばせてやろうという著者の魂胆が気に入った。
「桃太郎」では「その桃だれのもの?」でロックの所有権、「鬼退治に行くのは運命か」でサルトルの実存主義、「鬼はほんとに悪なのか」でパスカルの繊細の精神、といった具合に見開き16コマ漫画と1ページの解説と哲学者の自己紹介によって、いやでも36の哲学思想が頭に納まる(はず)という仕組みだ。著者はれっきとした哲学教授。快作である。ただ政治家、経営者の即効薬になるかは保証の限りではない。 続きを読む »

読書通信 2021年3月号

■ トランプ政権の下で分断に直面した米国、EU離脱の英国、移民問題に揺れる独仏を見るにつけ、寛容と不寛容は今後もなお人類最大の課題であると思わざるをえない。森本あんり『不寛容論』新潮選書、1760円)は植民地時代の米国にさかのぼってこの魅力的なテーマに切り込んでいて、圧倒される。とくに宗教における不寛容さはしばしば深刻な問題であり、記された事実は多くの示唆を与えてくれる。
本書は、主人公ロジャー・ウィリアムズがいち早く政教分離を唱え、住民の信教や生活上の権利を尊重した事実を掘り起こしつつ、彼を一方的に美化することなくその矛盾した行動などなんとも人間的な一面も描いてみせた。これによって排外主義的な保守、ときに不寛容なリベラルといった現象を見極めることもより容易になったといえ、読み進むにつれ加速度的に知的興奮に誘い込まれる力作である。最後に私的な思い出を。大学2年のとき学長となったK教授は私の属していた大学新聞のインタビューで「学生諸君に寛容と忍耐の2つの言葉を贈りたい」と語ったが、あれから半世紀。学生たちの何人がこの言葉を大事に人生を送っただろうか。なお寛容の英語toleranceには忍耐の意味もあり、本書でも忍耐の重要性が象徴的に示されている。
■ 昭和史は半藤=保阪コンビの探索によって真実が着実に明らかにされてきた。半藤一利氏亡き後、保阪氏にかかる期待は高まるばかりだ。保阪正康『陰謀の日本近現代史』朝日新書、979円)は期待にたがわず明治から昭和に至る歴史から多くの真実を知ることができ、改めて歴史のイフを思わざるをえなかった。
仕組まれた日米開戦、事件の伏線、戦争に凝縮された日本的特質、歴史の闇を照射する記録と証言の4章は甲乙つけがたく面白い。面白がってはいけないのだが、政治家も軍人もなぜここまで大局観に欠け、しかも無責任なのか。心地良い情報だけ選んで都合よく解釈する。教育にも大きな責任があったのではと思わされた。 続きを読む »

読書通信 2021年2月号

■ 戦後政治と検察の緊張関係は強まったり弱まったり、時に政治が検察人事を支配し、逆に特捜が政治家の肝を冷やしもする。安倍政権で検察人事を取り仕切ったのは菅官房長官と杉田和博副長官だった。政権の下では黒川弘務東京高検検事長が重用され、ついには検察庁法の改正、定年延長などの無理筋が登場し、挫折した。
村山治『安倍・菅政権vs.検察庁』文藝春秋、1760円)はベテラン司法記者ならでは、政権後半の4年間に両者の間に起きた暗闘の緻密な描写には引き込まれる。安倍政権が「黒川検事総長」を目論んだ最大の動機が「桜を見る会」問題で検察を抑えこむことにあったとする一方で、黒川氏も政権に振り回された被害者だったとの指摘は興味深い。検察という組織とその機能の理解を深めるに役立つとともに、検察の中立性の大事さが改めてよくわかった。官邸の人事権が強すぎるとろくなことがないことも。
■ パンデミックは日本の政治システムの想像以上のもろさを露呈させた。東日本大震災もそうだったが、非常時には情報伝達、意思決定、兵站などの本来的な欠陥が明白になる。竹中治堅『コロナ危機の政治』(中公新書、1078円)はその点を丁寧に分析していて大いに参考になった。とくに武漢封鎖やクルーズ船の頃から特措法、知事の権限、検査キャパシティなど今に尾を引く問題点が登場している事実からは「スピード感をもって」の言葉の軽さを知る。
過不足なく整理されていて資料的な面でも貴重だが、中央政治と地方政治の関係を多面的に追究している点が何より重要である。一強のはずの安倍政権が地方自治との齟齬によってほとんど指導力を発揮できなかった事実の指摘は、今後の大災害やさらなるパンデミック対応という点で示唆するところが大きい。これを機に権限配分のあり方が的確に見直されなければ、苦しむのはまたしても国民であるだろう。 続きを読む »

読書通信 2021年1月号

■ 昨年取り上げた47冊の中からベストテンを選んでみた(○数字は月号)。まず檀乃歩也『北斎になりすました女』⑤全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』⑥濱田研吾『俳優と戦争と活字と』⑩は「この年の3冊」の原稿を某紙から頼まれて挙げた秀作である。劣らず池辺晋一郎『音楽ってなんだろう?』④松原始『カラスは飼えるか』⑦もいい。子どもや孫が大事な人には新井紀子『AIに負けない子どもを育てる』①後藤道夫『子どもにウケる科学手品ベスト版』②を、硬派では毎日新聞取材班『公文書危機』⑦石井妙子『女帝 小池百合子』⑧が出色。あと1冊、石井一『冤罪』④は異色の角栄本だ。
■ 日本にとっての最大の問題の一つは国と地方の関係であると思う。それは単に地方分権を進めればいいという話ではない。片山善博『知事の真贋』文春新書、880円)はそのことを考える最良の手引きであり、見事な論考である。鳥取県知事や総務相を経験した著者はこの問題を両側から論じるに最適の一人と思う。
論点はパンデミックへの自治体と政府の対応で、小池都政、吉村府政など遠慮なく切り込んでいる。政府も厳しく批判されるが、もとより気楽な政治批評などではなく、法令解釈や予算、知事権限など地方自治の根幹に関わる部分を詳細に解説して説得力十分だ。脆弱な地方自治に住民としてどう向かい合うか、大いに刺激になる。政府の司令塔に著者のような人が加わっていればこれほど無残な感染対応にはならなかったろうが、政権はこういう人は煙たいのだろう。 続きを読む »

読書通信 2020年12月号

■ 環境問題は今や聖域となりSDGsを否定するには相当の覚悟がいる。しかし斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書、1122円)によるとSDGsなんて生ぬるい、そんなことで気候変動は止まらぬどころか、それで満足してしまうという意味で反歴史的なアリバイ作りにすぎないのだそうだ。レジ袋削減やマイボトル、ハイブリッドカー志向なども自己満足にすぎず有害でさえある、と挑発的ですらある。強烈な物言いの裏には環境危機は今や待ったなしの決定的地点にあるという信念が感じられる。
ではどうするか。マルクス最晩年の著作を探求する中で「資本主義的」成長を止めるしかないという結論が導き出される。ピケティが言い始めた「参加型社会主義」もその線上にある。いわゆる「コモン」の提唱であり「グローバル・サウス」と称される世界への深い思い入れがそこにはある。温暖化への強烈な危機感が全体を貫いているのをどう受け止めるかに尽きるともいえるが、論理に同調するか、決め付けに反発するか、今年注目の書であることは確かだろう。
■ 7年前に刊行されて話題になった佐々木実『竹中平蔵 市場と権力』講談社文庫、990円)が文庫化された。政治と深く関わって利権を得ている商人を政商というが、学者の場合は何というのだろう。小泉政権での入閣以来、竹中平蔵という学者は「改革」の指導者としてすっかり定着し、新自由主義で夜も日も明けない。
本書は生い立ちから開銀時代(とくに著作でのスキャンダル)、米国留学の内幕、学者への道の曲折、政治家との相思相愛など、毀誉褒貶の一部始終を見事に描いている。著者が師事した宇沢弘文氏とあまりに対照的なその言動に対し、筆致こそ抑制的ながら人物評価は熾烈の一語である。前政権に続いて現政権にも深く食い込んでいる人物だけに、多くの人に読まれてしかるべき内容であると改めて痛感した。 続きを読む »

読書通信 2020年11月号

■ 日米安保は大事だと思う人ほど日米地位協定にもっと関心を持ってほしいと思う。7年前に前泊博盛『本当は憲法よりも大事な「日米地位協定入門」』(創元社)を読んでその思いを強くし、今年は山本章子『日米地位協定』(中公新書)が石橋湛山賞を受賞してそれは確信に変わった。そしてダメ押しは近刊の平良隆久『まんがでわかる日米地位協定』小学館、1870円)だ。全体の4割を占める漫画は高校生が自由研究で日米地位協定を調べるという趣向だが、残る文章部分が予想以上に充実している。
ドイツ、イタリア、韓国が米国と頑張って交渉のうえ確保した管制権や平時における指揮権に比べ、日本だけが世界で唯一、地位協定によって米軍の思うままになっている国であることをはじめ、国民の多くはまだ知らないだろう事実がたくさん書かれている。沖縄の苦難は想像に余りあるが、首都圏の空(米軍が支配する横田空域)もひどい。こんな無茶な日米地位協定を放置すれば、いずれ反米感情が急拡大してしまうのではないか。それが冒頭の謂である。
■ 現憲法は米国に押し付けられたものだという意見は今も根強くある。だがそう単純なものではないことが中路啓太『ゴー・ホーム・クイックリー』文春文庫、968円)を読み進むとわかってくる。内閣法制局の佐藤達夫を主人公に、政治家や官僚がGHQとやりあいながら憲法文案を作り上げていった過程が克明に描かれる。ノンフィクションとはいえ細かな用語や法律論が延々と登場してくるので少し飽きる人もいるかもしれないが、現実はそれだけ厳しく知力や腕力を要したのだ。とくに翻訳つまり日本語の機微とGHQとの駆け引きは本書最大の読みどころである。書名の英語は吉田茂が好んだ冗談でGHQと関係があるのだが、さて。
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読書通信 2020年10月号

■ 安倍政治を厳しく論評してきた山口二郎氏と一定の評価をしてきた佐藤優氏の組み合わせの割に波長の合った対話が展開するのが佐藤優・山口二郎『長期政権のあと』祥伝社新書、968円)だ。キリスト教の価値観で一致する点が相性の理由らしい。「かつての自民党政権はレンガを積み上げるようにして政策を実現させたが、安倍政権は積み木の散らかった子ども部屋みたいなもの」(山口氏)というのは言いえて妙だし、佐藤氏の「(株高+円安)×対米追随」が安倍長期政権の方程式だ、というのも正しい(正確には《円安+↓株高》だろう)。
安倍政権が長期化したのは国民が変化を欲しなくなっているから、という指摘は正鵠を得ているし、「安倍政権後に訪れる国難」では経済の破綻、教育の劣化、家族モデルの崩壊など、長期政権の無策が説得力をもって語られる。ポスト安倍論で菅という名は出てこないが、それはともかく、そして個々の政治家の評価には異論があるにしても、見逃せない政治論である。
■ 意外に真っ当で謙虚なところのある政治家だと感心した。辻元清美『国対委員長』集英社新書、990円)は、国対委員長を2年間務めた著者の、与党との丁々発止(相手は森山裕氏)の話が波乱の連続で、知られざる国対の世界に連れこまれる。虚々実々でありながら、どこで妥協するか、互いを信用するかしないかというまことに人間臭いやりとりが続くらしい。
メディアは予算委員会ばかり報道するが、その裏には国対でのぎりぎりの交渉がある。議員の数だけではない国会の取り引きはとても重要だと改めて感じたし、野党の審議拒否の重みもよくわかった。憲法をめぐる著者の考え方は国対の話の後だけに説得力がある。野党に期待する人はもとより、しない人にも良い本と思う。
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読書通信 2020年9月号

■ 近畿財務局上席管理官だった赤木俊夫さんが自死したのは森友学園文書の改ざんを苦にしてのことだが、赤木雅子+相澤冬樹『私は真実が知りたい』文藝春秋、1650円)は夫人が大阪日々の記者(共著者)とともに元上司たちに真実のありかを尋ねて回るのが圧巻である。真実を知りたい、それだけのために長時間待ち続けつかまえ質問を浴びせる。しかし誰もまともに対応しない。ひたすら逃げ回る。官僚としての責任感も矜持もあったものではない。
こんな上司たちにいいように使われ見捨てられた故人が気の毒だが、日本の官僚組織の無責任ぶりを明らかにしただけでも本書の価値は大きい。すべては忖度と出世。そして実際、関係者はみな栄転していて、その実名が明かされる。佐川財務局長だけではない。公僕とは公務員のことと辞書にあるが、故人は「ぼくの契約相手は国民です」と普段から言っていたそうである。
■ 高度成長からバブル期までを21講、21人の学者がコンパクトに執筆した筒井清忠編『昭和史講義(下)』ちくま新書、1210円)はなかなかユニークな構成である。安保闘争時の「新左翼」とか「全共闘」など普通なら登場しないテーマを詳細に整理したり「日韓基本条約」や「歴史認識問題」に光を当てるなど、政治や経済に偏らない編集方針が好ましい。第1講を石橋内閣から始めたのも良かった。筆者の牧野邦昭は湛山研究の第一人者だが、簡にして要を得た出色の論考である。湛山がどのような知見と意図をもって政治活動したか、池田内閣下の高度成長は蔵相、通産相としての湛山の言動の中にすでに芽生えていた、などこの稿だけでも本書を手にする価値は十分ある。 続きを読む »

読書通信 2020年8月号

■ 最初はちょっとキワモノっぽい気がしたのだが、どうしてまっとうな調査ものだった。長い年月と多数の取材先を求めて書かれた、極めて説得力の強い内容である。石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋、1650円)を読めば、知事戦圧勝は当然と思えてくる。自らの履歴についても、政治家としての約束事についても、ウソをついてけろりとしている生きざまは天性のものらしい。前者の典型は「カイロ大学卒」の経歴詐称であり、後者はアスベスト被害者の家族に対する驚くほど不誠実な対応である。
カイロ大が卒業を認めているじゃないかという友人がいたが、本書の論証からは大学の偽証の色が限りなく濃い。小沢、細川、小泉たち領袖にすり寄り政界の階段を駆け上がっていくさまも過不足なく描かれる。本書を、男社会の犠牲者の物語として読む人、孤独な女の物語を「大衆消費」的に読む流れを批判する人(例えば朝日新聞7月19日付け書評)などさまざまだが、面白い本だと思って読むことを魔女狩りのように言うのはいかがか。問題は面白さの質である。
■ 政治記者は何をやっているんだ、という声をよく聞く。確かに政治記事の大半が政局記事に堕している。南彰『政治部不信』朝日新聞出版、869円)は内側から政治記者の抱える問題を追究しようとした力作である。とくに記者会見で政治家が嫌がる質疑まで追い込めない事情がよくわかる。答える側も会見の数を減らし、質問を制限し、嫌な記者は指名しない。それでもどうやって食い込んでいくか。これは根の深い問題であり、記者だけが努力しても限界があるとしか言いようがない。読者の側も取材の内幕を知ることから始める必要がある。
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読書通信 2020年7月号

■ 安倍政権のもとでの公文書の秘匿、廃棄、そして改ざん。こんなことがいつまで続くのか。黒川東京高検検事長の人事に関連しては記録(公文書)さえ残されていない。これでは事実確認も後日の検証もできるはずがなく、民主主義の崩壊につながりかねないと思っていたら、毎日新聞取材班『公文書危機 闇に葬られた記録』毎日新聞出版、1650円)が目に入った。
冒頭、財務官僚が「財務省の力の源泉は何か」と問い、記者の(まっとうな)答えを否定して「違います、記録です」と言う。そうなのだ。役所にとって記録こそ力であるのに、それを作らせなかったり、改ざんしたり、廃棄したりでは自殺者が出るのも無理はない。政治家の責任は無限大だ。日米関係を重視する政治家なら、せめて米国の公文書重視に学んでほしい。鳩山友紀夫、福田康夫、前川喜平、御厨貴ほかの人たちへのインタビューには考えさせられた。
■ 映画監督のオリバー・ストーン、アメリカン大学教授のピーター・カズニック、元首相の鳩山友紀夫、鹿児島大学教授の木村朗、4氏の対談、鼎談で構成されるO・ストーンほか『もうひとつの日米戦後史』詩想社新書、1155円)は、米側2氏の対米(対日ではない)批判の厳しさに圧倒された。原爆投下の狙いから、ケネディ暗殺の背景、冷戦の主役、クリミアでの策謀、イスラム差別、等々まで軍産複合体、ネオコン、米国政治に対する告発は論理的で、これに反論するのは容易でないだろう。
日本人は米国の本当の姿をまるで知らないと言われているように感じる。確かに米国という国は一筋縄ではいかない。安倍対トランプでは役者が違う。本書で米国という国を確認することは意義深いことだ。ところで米側2氏が評価する政治家はヘンリー・ウォレス(戦時中の米副大統領)とJFKである。ヒラリーとトランプ論(日本側2氏の評価との違いも)も興味深い。 続きを読む »