読書通信 2020年11月号

■ 日米安保は大事だと思う人ほど日米地位協定にもっと関心を持ってほしいと思う。7年前に前泊博盛『本当は憲法よりも大事な「日米地位協定入門」』(創元社)を読んでその思いを強くし、今年は山本章子『日米地位協定』(中公新書)が石橋湛山賞を受賞してそれは確信に変わった。そしてダメ押しは近刊の平良隆久『まんがでわかる日米地位協定』小学館、1870円)だ。全体の4割を占める漫画は高校生が自由研究で日米地位協定を調べるという趣向だが、残る文章部分が予想以上に充実している。
ドイツ、イタリア、韓国が米国と頑張って交渉のうえ確保した管制権や平時における指揮権に比べ、日本だけが世界で唯一、地位協定によって米軍の思うままになっている国であることをはじめ、国民の多くはまだ知らないだろう事実がたくさん書かれている。沖縄の苦難は想像に余りあるが、首都圏の空(米軍が支配する横田空域)もひどい。こんな無茶な日米地位協定を放置すれば、いずれ反米感情が急拡大してしまうのではないか。それが冒頭の謂である。
■ 現憲法は米国に押し付けられたものだという意見は今も根強くある。だがそう単純なものではないことが中路啓太『ゴー・ホーム・クイックリー』文春文庫、968円)を読み進むとわかってくる。内閣法制局の佐藤達夫を主人公に、政治家や官僚がGHQとやりあいながら憲法文案を作り上げていった過程が克明に描かれる。ノンフィクションとはいえ細かな用語や法律論が延々と登場してくるので少し飽きる人もいるかもしれないが、現実はそれだけ厳しく知力や腕力を要したのだ。とくに翻訳つまり日本語の機微とGHQとの駆け引きは本書最大の読みどころである。書名の英語は吉田茂が好んだ冗談でGHQと関係があるのだが、さて。
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読書通信 2020年10月号

■ 安倍政治を厳しく論評してきた山口二郎氏と一定の評価をしてきた佐藤優氏の組み合わせの割に波長の合った対話が展開するのが佐藤優・山口二郎『長期政権のあと』祥伝社新書、968円)だ。キリスト教の価値観で一致する点が相性の理由らしい。「かつての自民党政権はレンガを積み上げるようにして政策を実現させたが、安倍政権は積み木の散らかった子ども部屋みたいなもの」(山口氏)というのは言いえて妙だし、佐藤氏の「(株高+円安)×対米追随」が安倍長期政権の方程式だ、というのも正しい(正確には《円安+↓株高》だろう)。
安倍政権が長期化したのは国民が変化を欲しなくなっているから、という指摘は正鵠を得ているし、「安倍政権後に訪れる国難」では経済の破綻、教育の劣化、家族モデルの崩壊など、長期政権の無策が説得力をもって語られる。ポスト安倍論で菅という名は出てこないが、それはともかく、そして個々の政治家の評価には異論があるにしても、見逃せない政治論である。
■ 意外に真っ当で謙虚なところのある政治家だと感心した。辻元清美『国対委員長』集英社新書、990円)は、国対委員長を2年間務めた著者の、与党との丁々発止(相手は森山裕氏)の話が波乱の連続で、知られざる国対の世界に連れこまれる。虚々実々でありながら、どこで妥協するか、互いを信用するかしないかというまことに人間臭いやりとりが続くらしい。
メディアは予算委員会ばかり報道するが、その裏には国対でのぎりぎりの交渉がある。議員の数だけではない国会の取り引きはとても重要だと改めて感じたし、野党の審議拒否の重みもよくわかった。憲法をめぐる著者の考え方は国対の話の後だけに説得力がある。野党に期待する人はもとより、しない人にも良い本と思う。
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読書通信 2020年9月号

■ 近畿財務局上席管理官だった赤木俊夫さんが自死したのは森友学園文書の改ざんを苦にしてのことだが、赤木雅子+相澤冬樹『私は真実が知りたい』文藝春秋、1650円)は夫人が大阪日々の記者(共著者)とともに元上司たちに真実のありかを尋ねて回るのが圧巻である。真実を知りたい、それだけのために長時間待ち続けつかまえ質問を浴びせる。しかし誰もまともに対応しない。ひたすら逃げ回る。官僚としての責任感も矜持もあったものではない。
こんな上司たちにいいように使われ見捨てられた故人が気の毒だが、日本の官僚組織の無責任ぶりを明らかにしただけでも本書の価値は大きい。すべては忖度と出世。そして実際、関係者はみな栄転していて、その実名が明かされる。佐川財務局長だけではない。公僕とは公務員のことと辞書にあるが、故人は「ぼくの契約相手は国民です」と普段から言っていたそうである。
■ 高度成長からバブル期までを21講、21人の学者がコンパクトに執筆した筒井清忠編『昭和史講義(下)』ちくま新書、1210円)はなかなかユニークな構成である。安保闘争時の「新左翼」とか「全共闘」など普通なら登場しないテーマを詳細に整理したり「日韓基本条約」や「歴史認識問題」に光を当てるなど、政治や経済に偏らない編集方針が好ましい。第1講を石橋内閣から始めたのも良かった。筆者の牧野邦昭は湛山研究の第一人者だが、簡にして要を得た出色の論考である。湛山がどのような知見と意図をもって政治活動したか、池田内閣下の高度成長は蔵相、通産相としての湛山の言動の中にすでに芽生えていた、などこの稿だけでも本書を手にする価値は十分ある。 続きを読む »

読書通信 2020年8月号

■ 最初はちょっとキワモノっぽい気がしたのだが、どうしてまっとうな調査ものだった。長い年月と多数の取材先を求めて書かれた、極めて説得力の強い内容である。石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋、1650円)を読めば、知事戦圧勝は当然と思えてくる。自らの履歴についても、政治家としての約束事についても、ウソをついてけろりとしている生きざまは天性のものらしい。前者の典型は「カイロ大学卒」の経歴詐称であり、後者はアスベスト被害者の家族に対する驚くほど不誠実な対応である。
カイロ大が卒業を認めているじゃないかという友人がいたが、本書の論証からは大学の偽証の色が限りなく濃い。小沢、細川、小泉たち領袖にすり寄り政界の階段を駆け上がっていくさまも過不足なく描かれる。本書を、男社会の犠牲者の物語として読む人、孤独な女の物語を「大衆消費」的に読む流れを批判する人(例えば朝日新聞7月19日付け書評)などさまざまだが、面白い本だと思って読むことを魔女狩りのように言うのはいかがか。問題は面白さの質である。
■ 政治記者は何をやっているんだ、という声をよく聞く。確かに政治記事の大半が政局記事に堕している。南彰『政治部不信』朝日新聞出版、869円)は内側から政治記者の抱える問題を追究しようとした力作である。とくに記者会見で政治家が嫌がる質疑まで追い込めない事情がよくわかる。答える側も会見の数を減らし、質問を制限し、嫌な記者は指名しない。それでもどうやって食い込んでいくか。これは根の深い問題であり、記者だけが努力しても限界があるとしか言いようがない。読者の側も取材の内幕を知ることから始める必要がある。
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読書通信 2020年7月号

■ 安倍政権のもとでの公文書の秘匿、廃棄、そして改ざん。こんなことがいつまで続くのか。黒川東京高検検事長の人事に関連しては記録(公文書)さえ残されていない。これでは事実確認も後日の検証もできるはずがなく、民主主義の崩壊につながりかねないと思っていたら、毎日新聞取材班『公文書危機 闇に葬られた記録』毎日新聞出版、1650円)が目に入った。
冒頭、財務官僚が「財務省の力の源泉は何か」と問い、記者の(まっとうな)答えを否定して「違います、記録です」と言う。そうなのだ。役所にとって記録こそ力であるのに、それを作らせなかったり、改ざんしたり、廃棄したりでは自殺者が出るのも無理はない。政治家の責任は無限大だ。日米関係を重視する政治家なら、せめて米国の公文書重視に学んでほしい。鳩山友紀夫、福田康夫、前川喜平、御厨貴ほかの人たちへのインタビューには考えさせられた。
■ 映画監督のオリバー・ストーン、アメリカン大学教授のピーター・カズニック、元首相の鳩山友紀夫、鹿児島大学教授の木村朗、4氏の対談、鼎談で構成されるO・ストーンほか『もうひとつの日米戦後史』詩想社新書、1155円)は、米側2氏の対米(対日ではない)批判の厳しさに圧倒された。原爆投下の狙いから、ケネディ暗殺の背景、冷戦の主役、クリミアでの策謀、イスラム差別、等々まで軍産複合体、ネオコン、米国政治に対する告発は論理的で、これに反論するのは容易でないだろう。
日本人は米国の本当の姿をまるで知らないと言われているように感じる。確かに米国という国は一筋縄ではいかない。安倍対トランプでは役者が違う。本書で米国という国を確認することは意義深いことだ。ところで米側2氏が評価する政治家はヘンリー・ウォレス(戦時中の米副大統領)とJFKである。ヒラリーとトランプ論(日本側2氏の評価との違いも)も興味深い。 続きを読む »

読書通信 2020年6月号

■ 新刊旧刊問わず感染症や伝染病の本がよく売れているらしい。便乗してハウツー本のような感じの長尾和宏『歩くだけでウイルス感染に勝てる!』山と渓谷社、1320円)を買い求めたが、案外まともで大いに参考になった。人は歩くことで抵抗力が増す。これが本書の一貫した主張だ。食事・睡眠・気・運動を免疫力の基本とする評者の主義からすると歩くだけでいいのかと突っ込みを入れたくなるが、歩くことの重要性には十分、説得力がある。免疫力が低下している高齢者ほど歩くことが重要で、歩けば自律神経が調えられ、感染症に対する抵抗力は増していく、と著者の自信は揺るぎない。座ってばかりでは感染に弱くなる、5分でも10分でも歩いてセロトニンを分泌し日に当たろう。これが先々まで有効な(たぶん)本書の提案である。そして数年後には新型コロナはありふれたウイルスになるとも。それまで永い付き合いだとすれば、座してワクチン開発を待つよりも、歩けるうちは近場を歩き回ることにしよう。
■ 感染症の本をもう一冊。著者は例のクルーズ船に乗り込んで二次感染を警告し厚労省の職員とトラブルを起こして下船した専門家だが、警告が正しかったことを否定する人は今いないだろう。岩田健太郎『感染症は実在しない』インターナショナル新書、1078円)は、感染症をどう捉え、これにどう対処するべきかという、今、最も重要なテーマを論じている。感染症を「こと」でなく「もの」として捉えては(大半の医療関係者がそうらしい)検査も治療も間違える可能性が大きいと著者は力説する。状況に学んで自分の意見を変え方針を変えることのできない厚労省の役人や学者、医者には無謬性信奉が強く、プランBを用意することができない、これが感染症対策の最大の問題である、という指摘は重要だ。医療体制を見直す上で本書から教えられることは少なくないだろう。 続きを読む »

読書通信 2020年5月号

■ コロナでうやむやになっていいとは思えないのが「桜を見る会」の真実である。モリカケも問題だが、桜のほうは政治資金規制法にもろに関わる。そんなわけで毎日新聞「桜を見る会」取材班『汚れた桜』(毎日新聞出版、1320円)でおさらいしてみた。昨年11月に参議院予算委で田村智子議員が爆弾質問して以来の一部始終が明快である。桜をめぐって何が起き、何が問題なのかが手際よく整理されている。
多くは新聞報道などで断片的に頭に入っていたことだが、この問題を最初から体系的にみてみると物語は極めて単純なことがわかる。新聞記者たちの心中や取材現場が描かれるのもよい。招待名簿の廃棄だとか、前夜祭での会費支払いのうやむやだとか、状況証拠からすれば安倍首相側は限りなくクロだが、それにしてもこんなことで国会という大事な政策論議の場が空転を続けていく日本という国が情けなくなる。
■ 沖縄のことを、筆者も含め「本土」の人々はわかっているつもりでいても実はほとんどわかっていない。少なくとも沖縄の人はそう思っている。これを被害者意識などといってすませてはいけないと、阿部岳『ルポ沖縄 国家の暴力』朝日文庫、814円)を読んで思った。
名護市の北隣にある東村にヘリパッドが建設されることになり、抗議する人々を排除するために機動隊員が500人も全国から集められた、その攻防の記録である。著者は沖縄タイムス記者で、現場に本土の記者は現れない。だから本土の人たちはこの一部始終をまるで知らずに終わった。ヘリパッドは首尾よく完成したのだが、その1カ月後、オスプレイが近くの海に、1年後には今度はヘリが近くの牧草地に、墜落した。そのときの高圧的な米軍の行動に著者は憤る。そして沖縄での作家百田尚樹の唖然とするような言動にも。沖縄の悩みはますます深い。 続きを読む »

読書通信 2020年4月号

■ 首相にとって検察とはどんな存在か。忠誠を誓うならともかく、逆に地検特捜部に狙いを定められて勝てる政治家はめったにいない。あの角栄でさえ敗れた。「田中角栄とロッキード事件の真相」と副題のついた石井一『冤罪』産経NF文庫、902円)に、今さらと思う人がいたらちょっと待ってほしい。角栄の悲劇は、決して過去の話ではないと思うから。
米国(特にキッシンジャー)にとって彼らの意向を無視した自主路線(日中国交回復や資源外交など)を追求する角栄は不愉快極まりなくかつ不都合な存在だった。幸い日本側にも事件の本丸だったP3C対潜哨戒機に絡む不正(特に先日死去した中曽根、小佐野)があった。そして当時の最高裁判事と検事たちは決定的な政治的間違いを犯し、世紀の冤罪を生んだ。以上の事実を、角栄の最側近だった著者は「オヤジ」への敬慕の念を込め、強い執念で掘り起こしていく。まことに理路整然とした話だ。政治家にとって検察がいかに怖い(あるいは利用価値の高い)存在かを知れば、黒川東京高検検事長の今回の人事を読み解くことは容易だろう。
■ 日本にも一億総中流と言われた時代があった。しかし今、中流は消えて、下層階級が大問題となっている。ブレイディみかこ『THIS IS JAPAN』新潮文庫、649円)は英国在住の保育士(『ぼくはイエローで‥』の著者)が久しぶりに長期帰国して日本の「現場」を歩き回ったルポルタージュ。保育園の混乱、労働者同士の労働争議、デモ…こんな風景が日常化しているのにテレビやスマホで気づくことはない。目線が低くて嫌味のない語り口が好ましい。文庫化を機にまだの人はぜひお読みください。知られざる日本の深層(表層か)を知るために。 続きを読む »

読書通信 2020年3月号

■ 2010年の石橋湛山賞を受賞した傑作が新装刊された。牧野邦昭『新版 戦時下の経済学者』(中央公論新社、1540円)はぐんと完成度が高まったように思う。総力戦に直面したとき経済学は何をなしえたかを実証的に追究した本書は、河上肇、有沢広巳、柴田敬、高田保馬、中山伊知郎ら経済学者と軍部(特に秋丸機関)の関係を描いて間然するところがない。新版では荒木光太郎の果たした役割について紙数を加えて論考に厚みを加えたほか、逆に前作で終章に取り上げた高橋亀吉論を削除してテーマの一貫性を高めた。というわけで前作を未読の方は新版をお読みになってはいかがか。前作と比べ文字が大きくなり読みやすくなったこと、定価が3割も下がったことも付記したい。なお高橋亀吉は「石橋湛山と合わせて別の機会に論じたい」とのことなので期して待ちたい。
■ NHKの特別番組は歴史の真実に迫る秀作を多数世に送り出してきた。映像もいいが、そのひだまで書き込んだ出版物も捨てがたい。NHK「ETV特集」取材班『証言 治安維持法』(NHK出版新書、990円)もそうした一冊である。まず稀代の悪法とも呼ばれる法律が出来上がっていく過程とその適用の実情が丁寧に描かれる。だがそれ以上に興味深いのは、当初、目標とした左翼を潰滅させた後の展開である。立法直後、特高の定員を急増させた内務省は対象がもういないからといって人員を減らすわけにはいかない。校内でレコード鑑賞会や読書会を開いていた教師、母国語のハングル勉強会を行った朝鮮人など、治安維持法に全く関わりのない人たちが次々に逮捕、拷問され、釈放されても職を辞さざるをえなかった例が多かったという。最後は「それぞれの戦後」を追う一方、「教訓を現代にどう活かすか」で締めくくられる。歴史に学ぶことの重要性を改めて感じた。 続きを読む »

読書通信 2020年2月号

■ 祖父への追慕の念が安倍首相の政治課題や政治姿勢と深く関わっているらしいことはしばしば指摘されてきた。鯨岡仁『安倍晋三と社会主義』朝日新書、891円)はそうした視点を交えアベノミクスがどのように構想され実行されてきたかを探った書である。ここでの社会主義とは商工官僚として満州国工業化をリードした岸信介の思想を指しており、アベノミクスもまたケインズ的でも新自由主義でもなく岸に劣らず社会主義的色彩が濃いというにある。
政策的には極端な金融緩和、積極的な財政出動、財界への賃上げ要請などは大きな政府を志向しているという。だが思うに分配に無関心な点からはそれは国家社会主義と呼ぶべきで、岸と通底するとすればその限りにおいてだろう。岸と深く関わった右派社会党の三輪寿壮を安倍首相が意識していることも社会主義的とする根拠の一つらしい。ユニークな視点だが、アベノミクス論としては少々物足りなさが残る。
■ 山の保水力強化には植林しても効果は薄いと学者がテレビで宣っていた。いや、杉やヒノキではダメだが多様多層な広葉樹と下草があれば保水は十分可能だ、と反論したのだが独り言に終わった。宮脇昭『いのちの森づくり』藤原書店、2860円)はシイ、タブ、カシの森を日本と世界に作りまくった学者の自伝と講演の再録から成る。今でこそ宮脇方式で作られた森は圧倒的存在であるが、当初は学者も役所もそっぽを向いていた。逆風の中を孤軍奮闘、頑張り抜いた反骨精神はノーベル平和賞ものだ。地震、津波、大火、山崩れに広葉樹の森はめっぽう強い。世代を超えてぜひ読んでほしいと思う。 続きを読む »