読書通信 2020年12月号

■ 環境問題は今や聖域となりSDGsを否定するには相当の覚悟がいる。しかし斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書、1122円)によるとSDGsなんて生ぬるい、そんなことで気候変動は止まらぬどころか、それで満足してしまうという意味で反歴史的なアリバイ作りにすぎないのだそうだ。レジ袋削減やマイボトル、ハイブリッドカー志向なども自己満足にすぎず有害でさえある、と挑発的ですらある。強烈な物言いの裏には環境危機は今や待ったなしの決定的地点にあるという信念が感じられる。
ではどうするか。マルクス最晩年の著作を探求する中で「資本主義的」成長を止めるしかないという結論が導き出される。ピケティが言い始めた「参加型社会主義」もその線上にある。いわゆる「コモン」の提唱であり「グローバル・サウス」と称される世界への深い思い入れがそこにはある。温暖化への強烈な危機感が全体を貫いているのをどう受け止めるかに尽きるともいえるが、論理に同調するか、決め付けに反発するか、今年注目の書であることは確かだろう。
■ 7年前に刊行されて話題になった佐々木実『竹中平蔵 市場と権力』講談社文庫、990円)が文庫化された。政治と深く関わって利権を得ている商人を政商というが、学者の場合は何というのだろう。小泉政権での入閣以来、竹中平蔵という学者は「改革」の指導者としてすっかり定着し、新自由主義で夜も日も明けない。
本書は生い立ちから開銀時代(とくに著作でのスキャンダル)、米国留学の内幕、学者への道の曲折、政治家との相思相愛など、毀誉褒貶の一部始終を見事に描いている。著者が師事した宇沢弘文氏とあまりに対照的なその言動に対し、筆致こそ抑制的ながら人物評価は熾烈の一語である。前政権に続いて現政権にも深く食い込んでいる人物だけに、多くの人に読まれてしかるべき内容であると改めて痛感した。
■ 歴史や社会としての地域を線路に沿って探求するのも確かに有意義である。原武史『「線」の思考』新潮社、1980円)は小田急江ノ島線、常磐線、阪和線など8路線を訪ね歩いた記録で、天皇制、宗教、産業、軍などの歴史を掘り起こして読み応えがある。なかでも外房線では安房小湊の誕生寺が面白かった。明治、大正両天皇の生母や女官が寄進したり、3日かけて人力車で訪ねてきたいきさつがそれで、神道と日蓮宗の共存はミステリアスだが納得した。
■ 戦後間もない大阪で起きた同一犯と見られる連続殺人事件が主題の坂上泉『インビジブル』文藝春秋、1980円)はとくに警察内部の描写がいい。主人公の愚直な新人刑事と東京から来た熱血漢のエリート刑事のコンビが反発しあいながらしだいに理解しあう展開も悪くない。書名(見えざるもの)で意味されるのは国家か、隠れた犯罪者か、他の何かか。そこには怒りが感じられる。警察小説の傑作である。(浅野 純次)