読書通信 2021年8月号

■ 経済学の泰斗である猪木先生がこんな玄人はだしの音楽評論を上梓されるとは。猪木武徳『社会思想としてのクラシック音楽』新潮選書、1760円)は「社会思想や政治経済体制の視点から音楽の形式や内容」を見詰めようとした本である。といっても堅苦しいところはなく、楽曲の成り立ちや形式に分け入りつつ社会経済的な相互関係を多面的に探ろうとする試みは、多彩なエピソードも加わり大いに楽しめる。
バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンからワグナー、シューマン、ショスタコビッチまで、パトロンや大衆との関係、政治や社会との関係など随所に重要な指摘がなされる。そこではアダム・スミス、トクヴィル、オルテガなどにより民主主義や自由の思想との相関性が繰り返し考究される。作曲家や演奏者をこのような角度から考察することは著者ならではの試みであり、多大な刺激を受けた。さらにいえば、東京クヮルテットや朝比奈隆などの演奏が激賞される個所では、CDを引っ張り出して楽しみながら読み進み、至福のときを過ごした。
■ 学術会議任命問題を入り口として企画された藤原辰史・内田樹ほか『「自由」の危機』集英社新書、1166円)は新書ながら26人の識者による論考を集めて400㌻に及ぶ。日本を覆う息苦しさへの危惧のもと、自由の意味、自由の難しさが多彩に論じられる。本書によって自ら考え、議論の余地があればその手掛かりとするとき編集意図は果たされることになろう。学問の自由、文化芸術の自由、社会的自由など教えられるところは多い。中でもトクヴィルによる「多数派による専制」という民主主義の欠点に警告を発した堤未果、自由を守るのは人々の生活や命を守るためであるとする山崎雅弘、世間体の戒律から自由になるためには自分で考え自分で自分を守る覚悟がいるというヤマザキマリの各氏の論考は、とりわけ勉強になった。
■ 新型ウイルスで専門家をどこまで信用していいのか悩ましい。その点、西村秀一『もうだまされない 新型コロナの大誤解』幻冬舎、1430円)はインフルウイルスの専門家によるものだけに大いに啓発された。著者は手洗いや過剰な消毒は無益だと断言し、問題はウイルスの吸い込みにあって、換気が最大の課題だという。ほかにも世の常識を覆す知見が多く、以来、野外ではマスクを堂々外すことにしている。
■ 北斎がジャーナリストだという視点は面白い。その一生を的確かつ魅力的に描いた千野境子『江戸のジャーナリスト葛飾北斎』国土社、1540円)は、常に新しいことを探して絵にし、必ず現場を踏み、オランダ商館の求めに応じ日本の情報を絵で発信したその姿はまさにジャーナリスト的だという。フェノロサが北斎を「時代の代弁者」と呼んだのもジャーナリスト賛だろう。ロシアのキターエフとヴォロノワが北斎復活に活躍する終章もよかった。(浅野 純次)