読書通信 2021年9月号

■ 傑作『マネー・ボール』の著者ならでは、今回も(とくに後半は)一気に読ませる。冒頭の章でカリフォルニアの衛生官の仕事ぶりがコロナと無関係に延々と続き、後の章では主人公たちの生い立ちや過去のエピソードなど何度も脇道へ入り込むのも、彼らの後の行動への布石のごとくしだいに必須に思えてくる。マイケル・ルイス著、中山宥訳『最悪の予感 パンデミックとの戦い』(早川書房、2310円)の後半は、ブッシュ政権下のインフルエンザ対策からトランプ政権下のコロナ対策の混迷まで、感染症に取り組む主人公たちの苦闘が饒舌に語られる。
感染症対策なら米国は先進国かと思いきや官僚主義の跋扈により多くの犠牲者を出してきたことを知る。とくに感染症対策の中心に位置するCDC(米疾病対策センター)が感染対策の障害となってきたことなど本書から学ぶことは多い。日本にもこんな使命感にあふれた疫学者や衛生官たちがいてほしいと痛切に感じた。
■ 習近平に対してはどうも感覚的な評価が多いように感じる。その点、エドワード・ルトワック著、奥山真司訳『ラストエンペラー 習近平』文春新書、880円)はCSIS(米戦略国際問題研究所)の上級顧問として著名な著者が習の思考法や行動を情緒を排し戦略的視点から分析したもので、毛沢東に続く2人目の「皇帝」の弱点が冷静に明かされる。
とくに独裁は強そうに見えるが実は弱い権力システムであり、権力の集中と異分子排除の果てに崩壊の危険性は強まる一方だという論は納得できる。本書後半は軍事テクノロジーの逆説、戦略のロジックなど著者の専門学説が歴史的に語られていて習に限らぬ話だが、参考になる。
■ ワクチンがすべてと言わんばかりの時代の流れだが、落とし穴はないのか。内海聡『医師が教える新型コロナワクチンの正体』ユサブル、1540円)は大いに考えさせられる。ワクチン開発には普通5年以上かけるのにコロナは1年たらずで動物実験すらしておらず、今後どんなリスクが待ち受けているかわからない、と言われると評者などはつい不安になる。効果は弱いが安全な不活化ワクチンがなぜ利用されないのか、も目からウロコの話だ。著者の問題提起は多くがもっともな気がした。巻末のロバート・ケネディJrとの対談も興味深い。
■ 長寿を目ざすのも楽でない時代になった。辨野義己『「長寿菌」が増える食べ方』知的生きかた文庫、748円)は腸内細菌の世界的権威である著者が各地の長寿村を訪ね、聞き取りや便の分析により健康な長寿者の腸の中を探った元気の出る本である。腸の状態が良い人は90過ぎても元気に働き歩き回っているが、そのためには一にも二にも食物繊維だという。そうして長寿菌が増えると血管も肌も脳も若返るそうだ。おかげで野菜、海藻、発酵食品をさらにもりもり食べようという気になった。(浅野 純次)