読書通信 2021年11月号

■ 一部政治家にとっては、面従腹背していたとはいえこうした人物が文部科学次官にまで上り詰めるとは腹立たしい限りだろう。前川喜平『権力は腐敗する』毎日新聞出版、1760円)は前著『面従腹背』同様、官邸官僚政治と二代首相による国政私物化を徹底批判している。冒頭でアクトンの「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」を引き「この警句は直接には教皇庁の権威主義に宛てたものだ。彼は教皇無謬説を厳しく批判した。それは良心の自由に反する専制主義にほかならなかったから」だと言う。本書の言いたいことはこの一点に集約される。つまり至上の価値としての良心の自由である。
後半部分には教育を中心にした論考が並ぶ。白眉は安倍首相の全国一斉休校問題で、感染についての科学的知見の欠如もさることながら、教育の本質に関わる決定的過ちが糾弾される。すなわち「子どもたちから学校教育と学校生活の機会を奪う休校は彼らの生存権と学習権を侵す」重大な憲法(25、26条)違反だ、というのである。これは当時のみならず、いつの時代にあっても見落とせない論点だろう。
■ 「官報複合体」という言葉は「権力と一体化するメディア」を揶揄した著者(元日経記者)による造語である。牧野洋『官報複合体』河出文庫、990円)は9年前に出版された同名の書を大幅に加筆修正し文庫化された。まずジョージ・オーウェルの名言が引用される。「権力が報じてほしくないと思うことを報じるのがジャーナリズム。それ以外はすべてPR」だと。
かくして日本のマスメディアの現状が徹底分析され、米国ジャーナリズムの歴史と実情が対比される。両者の差の大きさには慄然とせざるをえないが、とくに著者がコロンビア大学ジャーナリズム校で学んだ事例が再三紹介され説得力がいや増す。毎朝の紙面にいかに独自情報が少ないか、改めて痛感させられた(夕刊は少し改善)。「PR」は読み飛ばすしかないのだろう。
■ 巷間言われる「戦時下、弾圧で新聞は筆を曲げざるをえなかった」というのはウソで、報道愛国の名の下に軍部と迎合し部数を伸ばしたのが真実だと、里見脩『言論統制というビジネス』新潮選書、1705円)は多くの資料により結論づけている。ただし合併統合、業界団体など経営面にもっぱら光を当てていて、編集側からの分析を期待するとちょっと外れるだろう。
■ 田中志子『ふるさとの笑顔が、咲き始める場所』幻冬舎、1650円)という書名からはわかりにくいけれど、群馬県沼田市で医療・介護・福祉を一体化させた地域包括ケアシステムを展開する著者の実録である。要介護者、認知症者などの立場に立って、高齢者はじめ住民が安心して暮らせるまち(つまり笑顔にあふれたまち)を作り上げていく挑戦の記録はほんわかと楽しく、我がまちにもこんな多機能施設・病院があればなあと思ったことである。(浅野 純次)