読書通信 2021年12月号

■ ヒトラー死して76年、いまだにヒトラーは忘れ去られずにいる。ナチ的なものの復権の動きもある。日本もひとごとではなく、芝健介『ヒトラー』岩波新書、1276円)もよく売れているらしい。著者はヒトラーの波乱の人生を縦軸に、広域ドイツの国内事情、政治家や軍人たちの動きを織り成して描き切った。ヒトラーの野心や偏執性、さらに疑心や葛藤も追究され、特異な個性が熱狂の時代に浮かび上がる。
ナチスを論じるに際しては、ヒトラーの役割を重視する「意図派」と体制全体の構造を重視する「機能派」の対立が続いたが、本書は両者を統合的にとらえる歴史家カーショーを高く評価して同様のアプローチをとっているため、結果的にバランスのとれたナチス分析となった。エピソードも適宜織り込み、充実度において新書のイメージを超えた、専門家と一般読者の双方を満足させうるだろう力作である。余談だが、本書読了後、水木しげるの傑作「劇画ヒットラー」(ちくま文庫)を読み直して余韻が膨らんだ。
■ 問題のあまりに多い昨今の経済社会だが、識者たちの作為とも無作為ともとれる発言がそれに覆いかぶさってうっとうしい。もっとしっかり勉強しておけばよかったと思っても後の祭りだが、それでも猪木武徳『経済社会の学び方』(中公新書、946円)を読んで、好奇心を忘れず、経済社会を有機的連関をもつ仕組みとして懐疑的に考え抜くことが重要だと痛感した。理論、データ、因果、歴史、心理などをどう落とし込みどう推理していけばいいのか、経済学の泰斗が自らの体験を踏まえ縦横無尽のヒントを展開してくれる。とはいえ内容的には歯応え十分で喉越しするするとはいかないが、世代を超えて大いに参考になるだろう好著である。
■ マズロー「欲求の5階層説」で下から4階層目に位置する「承認と自尊の欲求」ほど厄介なものはない。榎本博明『承認欲求に振り回される人たち』クロスメディア・パブリッシング、1408円)は努力の足りない割に自尊心の強い承認欲求モンスターを多面的に分析して参考になる。SNSの「いいね!」に振り回される人たちは承認欲求の塊であり、「そういう自分をどうコントロールするか」はるる述べられていても、「そんな人たちにどう対応すればいいのか」は難問で、本書でも十分提示されてはいない。
■ 藤本幸弘『音楽は名医』みらいパブリッシング、1650円)の著者は医者にして音楽家。自らの体験に基づき肩こりにはショパン「舟歌」、腰痛にドビュッシー「アラベスク」、頭痛ならマーラー交響曲第5番第4楽章などお薦め楽曲が並ぶ。基礎編で脳の仕組み、自律神経やホルモンの働きが解説されるので、実践編に納得がいきやすいだろう。音楽はアンチエイジングの妙薬だそうで、美肌にショパンの名曲が効果的だった経緯が示される。美肌より脳だという人には「フィガロの結婚」序曲だとか。(浅野 純次)