読書通信 2022年4月号

■ 福島原発事故が忘却の彼方という人は年々増えているのではないか。風化は日々進まざるをえない。だが石原大史『原発事故 最悪のシナリオ』NHK出版、1870円)は原発事故が過去の物語などでないことを教えてくれる。
本書は昨年3月に放送されたNHKのドキュメンタリー番組を踏まえスタッフが書き下ろした労作である。大震災当時、最悪のシナリオを想定してどう対策を進めるべきか、混乱する官邸は手が打てなかった。自衛隊の動きも緩慢で米国は米軍が前面に出ることさえ考えたが、それは「米軍占領下」となることを意味した。官邸、東電本社、自衛隊、米軍、福島原発現場の枢要な人々が当時を振り返ったインタビューは意外性に富み、早い時期に最悪シナリオの必要性を提起した(民主党の)政治家もいたことがわかる。本書から学ぶことはあまりに多い。大事故に直面し「想定外」などと言って「最悪の可能性」を追究しないのは日本の悪い癖である。
■ 世界で今、日韓関係ほど複雑で解きほぐしにくい二国間関係は少ないだろう。木村幹『韓国愛憎』中公新書、946円)は韓国研究の第一人者が自らの研究の日々を成果や苦悩の中に振り返るとともに、韓国の躍進と対日姿勢の変容の過程をたどる異色の日韓関係史である。この30年間の韓国社会の変貌ぶりは劇的で韓国が自信を深めるほど「韓日」関係は政治的に重要性を失うが、であればこそ社会は暴走して歯止めがきかなくなることがよくわかる。
「自分史」であるだけに少々まだるっこしく感じる部分もないわけではないが、とりわけ終章の「関係悪化の本格化」は明快で教えられることが多い。著者はしばしば「それであなたは韓国が好きなんですか」と質問されるという。それへの答え(それがわかれば苦労はしない)には笑ってしまった。まさに愛憎の半生記である。
■ マイケル・ルイス『後悔の経済学』文春文庫、1265円)は名うてのストーリーテラーによる『かくて行動経済学は生まれり』の文庫化である(書名はこのほうがわかりやすい)。2人の心理学者、カーネマンとトヴェルスキーが行動経済学にたどり着くまでの前段が例によって長い。気の短い人だと終章500ページまでたどり着くのは容易でなかろう。でも苦労の甲斐はある(はずである)。本書により合理と非合理の境を見極めるすべを学べるのは何よりだ。
■ 歴史を学ぶことが重要なら「旧満州」はその最たるものの一つだろう。歴史街道編集部編『満州国と日中戦争の真実』PHP新書、1023円)を読んでそう実感した。大陸侵攻と植民地経営を批判するのは容易だが、ことはそれほど単純でもない。「五族協和」はともかく石原莞爾、児玉源太郎、後藤新平、樋口季一郎、多田駿、今井武夫、彼らの思想と行動を知るほどになんとも複雑な心境になる。保阪正康、井上寿一、岡本隆司など筆者も多彩である。(浅野 純次)