読書通信2022年9月号

■ 日本の国力低下が著しいが、その原因の一つに科学研究力の凋落があるのは間違いない。大学も研究機関も中研も予算難で定員や研究費は減る一方だ。そんな惨状を共同通信社取材班『日本の知、どこへ』(日本評論社、1980円)は詳細に取材し、問題の所在を明らかにする。本書からは、大学予算を減らしてきた文科省の責任もさることながら、その後ろで予算削減を主導し、ノーベル賞学者や大学学長たちの説得にも聞く耳もたぬ財務省幹部の姿が浮かぶ。
小泉改革の頃から「大学間、研究者間の競争が足りないから成果が上がらない」のだとする新自由主義的な政策が浸透し始めたのが致命的だった。要するに予算を立てる側(政治家、役人、経営者)の懐具合と思いつきに日本の科学研究が振り回されてきたのだと記者たちは断言してはばからない。ことは国や経済社会の根幹に関わる。そして軌道修正するに残された時間はほとんどない。本書の報告と危機感は貴重である。
■ ひと晩で10万を超える命を奪った東京大空襲。その指揮官はカーティス・ルメイだった。彼の前任の航空隊指揮官だったヘイウッド・ハンセルは爆撃機に安全な高高度で日本上空を飛行させ搭載した精巧な照準器で軍需工場を精密爆撃しようとするが、強い偏西風と曇天に阻まれ惨憺たる結果しか残せなかった。マルコム・グラッドウェル『ボマーマフィアと東京大空襲』(光文社、1870円)はこの2人を主人公にしたドキュメンタリーとして抜群に面白い。
ルメイは夜間、B29に低空で帝都に侵入させ、延焼力、殺傷力の強いナパーム弾を大量かつ無差別に投下することで大戦果を挙げた。かくして一方は英雄、一方は失意の人となる。だが一般人の無差別殺戮は戦争ならば許されるのか。空爆のあり方、兵器の許容範囲とは、そして戦争とは。今、改めて思いは広がってやまない。
■ 熊野英生ほか『デジタル国家ウクライナはロシアに勝利するか?』日経BP、2200円)はウクライナ戦争が多面的に分析され参考になる。米国の論理と戦略(渡辺恒雄)、戦争の経済的帰結(熊野英生)、地政学から見た欧州(田中理)など第一人者の分析もいいが、デジタル国家ウクライナ(柏村祐)が面白かった。同国は世界でも屈指のデジタル化が進んでいて国民へのサービスは全面的に「即時、簡易、多様」が実現しているとか。それがロシアとの戦いを補強しているというのは注目に値する。日本のデジタル庁も少しは学んだらどうか。
■ 最後はアンソロジーを。彩図社文芸部編『文豪たちが書いた笑う名作短編集』彩図社、750円)は、太宰治「畜犬談」、坂口安吾「風博士」、芥川龍之介「桃太郎」、佐々木邦「或良人の惨敗」など笑える(はずの)13編を収めているが、文豪の割にもう一つという作品もあり、そこがまた面白い。そんな中、豊島与志雄「手品師」は星新一の世界に通じて楽しめた。(浅野 純次)