読書通信2012年8月号

① 8月というと、第二次大戦関連の本を読みたくなる。最近読んだ中でいちばん面白かった一冊が森山優『日本はなぜ開戦に踏み切ったか』(新潮社、1260円)だった。石油の対日禁輸が日本に開戦を決意させたことは確かにしても、決定までには紆余曲折、というよりは決められないままにずるずると月日を重ねたというほうが正確である。〈「両論併記」と「非決定」〉という副題がつけられているが、これはまさに「決められない日本」を表現したものだ。

 昭和16年7月の御前会議から半年間、いったん決めた国策をひっくり返したと思えば、あいまいな国策や矛盾する政策が何度も決められ、「非決定という決定」がなされる。天皇、首相、陸相、海相、外相、蔵相に参謀本部や軍令部がからんで、右往左往する国策論議の実態が詳細に分析されて、推理小説並みの緻密な展開が読ませる。東条以下、固有名詞が生き生きと登場して、これまでの固定的観念とは違った人物像が感じられるところが面白い。決められない、ころころ変わる、などの意思決定の一部始終は、現代に生かされるべき教訓をたっぷり含んでいる。
② 個性的という点で今、鈴木宗男という政治家の右に出る人物は少ない。国会議員のバッジをつけていなくても、存在感は凡百の議員をはるかに越えている。鈴木宗男『政治の修羅場』 (文春新書、808円)を読んでその秘密が少しわかった気がした。ある意味で最も政治家らしい政治家というところに力の源泉があり、味方として頼もしく、敵に回せば怖い政治家ということになるのだろう。
 田中角栄、中川一郎、金丸信、小沢一郎、プーチン、田中眞紀子と小泉純一郎。これら政治家に一章ずつを割いて、どこがすごいのか、彼らから何を学んだかをたくさんのエピソードとともに語っている(最初の四人)。プーチンについては在任中こそ北方領土返還の最大のチャンスであるとし、最後の二人については日本をだめにした元凶だとして遠慮会釈なく厳しい評価を下している。常識の枠に入り切らない印象を与える政治家のしごく率直な姿がうかがえて参考になった。
③日露戦争当時の明石元二郎大佐の活躍で知られるとおり、駐在武官というとスパイ諜報活動をイメージする。今、日本の海外駐在武官は防衛駐在官と呼ばれ、明石大佐のような後方撹乱などよりは、地道に情報収集と分析、人脈づくりに取り組んでいる。福山優『防衛駐在官という任務』(ワニブックス新書、882円)は、元陸自幹部の著者が韓国駐在時の活動を具体的かつ詳細に描いて読ませる。
 どういう任務を与えられ、どういう準備をし、現地では情報収集と分析のためにどういう努力をするのか、どんな危ない橋を渡るのか、などシロウトには想像を絶するような話の連続である。真実をつかむための並々ならぬ努力には頭が下がる思いもまたあって、朝鮮半島をめぐる六ヵ国の思惑、動き、暗闘が水面下で展開されているくだりも興味津々である。
④ 夏の一夜、天文の本はどうだろう。マイク・ブラウン『冥王星を殺したのは私です』(飛鳥新社、1680円)は、10番目の惑星を発見した著者が、学問的良心に基づいて冥王星ともども惑星の地位を剥奪するまでのお話。巨大望遠鏡とコンピュータを駆使して夜空を観察し、新たな天体の発見に没入するなかで、天文を通じた子育てとわが子との交流、同業学者のスパイもどきの策謀により世紀の大発見を横取りされる一件など、楽しい科学読み物としてお勧めしたい。ちなみに今、冥王星は準惑星と呼ばれている。(玄)