読書通信2013年1月号

①市場への「安倍」効果は大変なものだ。インフレターゲットをはじめとした一連の安倍発言はブレーンに吹き込まれたものだとして、首相に最も影響力を持った学究による近著に注目が集まっている。浜田宏一『アメリカは日本経済の復活を知っている』(講談社、1680円)がそれで、著者はイェール大学名誉教授。ノーベル賞の可能性もゼロではないらしい。現下のデフレは金融とは無関係だと言い続けた日銀の罪は大きい、というより日本の20年以上にわたるデフレはもっぱら日本銀行のせいであると、東大時代のゼミ生である白川日銀総裁らが徹底的に批判される。

デフレや円高は金融政策では解決できないというのが「日銀流理論」だが、マンキュー、フェルドシュタイン、ジョルゲンソンなど数多くの大先生へのインタビューを交えつつ、日銀の常識は世界の非常識であることを徹底的に糾明している。といって難しい経済理論が展開されるわけではなく、繰り返されるその主張は単純明快で、読了するのにさしたる苦労はいらない。増税にも否定的で、このままではむしろ税収が減ってしまうと言う。これも正論だろう。ただし高橋洋一嘉悦大学教授が何十回となく登場して少々辟易するのと、逆に日銀派の経済学者やエコノミストの実名がまったく出てこないのはものたりなかった。
②ギリシャ、イタリア、スペインなど地中海圏諸国の経済危機に、ラテン系の国民性が大いにかかわっていることは言うまでもない。ゲルマン系とは対極的なその国民性から考えたほうがEUの今後は理解しやすいのではないか。その好個の書として藤原章生『資本主義の「終わりの始まり」』(新潮選書、1365円)を挙げよう。著者は毎日新聞のローマ特派員で、ギリシャへ出かけてキリギリス的な国民性を解明しようとするのだが、同時にイタリアという国が直面している問題が日欧米という資本主義圏にとって歴史的意味を持っていることを抉り出そうと試みる。
そのために多くの経済学者や政治家、思想家、そして大衆にインタビューを重ねるのだが、確かにイタリアの問題はイタリアだけのことではないことが浮かび上がって興味深い。ジャーナリストだけにこなれた文章で読みやすいし、ベルルスコーニだけでイタリアがわかったような気がしている日本人にとって優れた問題提起の書である。
③会計学の本といえば小難しくて無味乾燥というのが一般的な受け止め方だろう。しかし田中弘『国際会計基準の着地点』(税務経理協会、2310円)に限ってはそんなことはまったくない。なにせ冗談大好きの先生であるうえに、内容がすべて講演そのままの話し言葉であるから。五つの講演録のうちなんと二つまで経済倶楽部での講演で、(笑)も随所にある。IFRSや時価会計のようなことは専門家に任せておけばよいというのは間違いで、一般人も会計の視点から世界と日本、そして企業経営を見極めることの重要性がよくわかる。こんなに易しく面白く会計について学べる機会はそうあるものではない。
④小泉政権のスタッフが安倍政権に次々登用されているのは見逃せない。大下英治『政局』(竹書房文庫、840円)を読んでその感を強くした。権力闘争の裏側ではいつも参謀たちが死力を尽くしている。後藤田正晴、野中広務、小沢一郎、梶山静六、三木武吉など12人の男たちの智謀と虚々実々の駆け引きが赤裸々にドラマチックに展開される。飯島勲も登場するが、郵政選挙でのあの辣腕が夏の参院選で発揮されたら、ねじれは案外、解消するかもと思ってしまった。