読書通信2013年3月号

①安倍政権にとって最大の外交課題は尖閣問題だろう。「領土問題は存在しない」という強硬姿勢は野田政権から不変だが、国有化で胡錦濤の面子を潰した日本からなんらかの手立てを講じるのが筋だろう。もちろん中国も突っぱねたままだ。4月に日中韓首脳が会うのは千載一遇のチャンスと思うが、日中にその度胸があるかどうか。なければ当分チャンスは来るまい。
会談の前に官邸の人々にはぜひ矢吹晋『尖閣問題の核心』花伝社、2310円)に目を通しておいてほしい。尖閣をめぐる日中間のやりとりは1972年の日中国交回復時における田中角栄・周恩来会談に原点があるのだが、日本と中国では外交記録がまったく異なり、そこから悲劇は始まる。詳細な記録を掘り出して著者が言わんとするところは、虚心坦懐に読む限り棚上げ以外にないことが明白である。なのに現実はこじれにこじれている。歴史に謙虚であることの重要性を教えられる貴重な書であり、巻末資料にも教えられるところが多い。

② オーケストラというのは不思議な組織だ。独裁者として指揮者がいて、コンマスが少し偉いにしても楽団員は基本的には横一線で、ある意味、これ以上ないほどフラットな組織ということになる。それが最上の演奏という目標に向かってそれこそ一糸乱れぬ演奏を生み出すとすれば、難しい組織論など不要ということになりはしないか。少なくともウィーンフィルやベルリンフィルは最高のプロフェッショナルによって構成された最高の組織ということになる。
山岸淳子『ドラッカーとオーケストラの組織論』PHP新書、861円)はタイトルからして食指をそそられる。ドラッカーはオーケストラを理想の組織として多くの論考を残しているけれども、そこでの焦点は無機的な組織ではなく人が作り上げる有機的な組織である。だから楽譜(作曲者)、指揮者、楽団員、スタッフという人間臭い話から組織論が収斂していく。楽屋裏とか、大指揮者のエピソードとか、音楽好きなら楽しみながら組織を考える一石二鳥の本。著者は経済倶楽部とは縁の深い日本フィルの陰の主役の一人である。指揮者のいない合奏団オルフェウスを論じた個所など議論をしたら面白そうだと思った。
③ 日高敏隆『世界を、こんなふうに見てごらん』集英社文庫、462円)が文庫化された。「少年少女と大人に贈る」と帯にあるが、どちらかというと大人に読んでもらって頭を柔軟にするに適した本という感じがした。動物行動学者には組織になじまぬ変わった人が多いが、数年前に亡くなった著者などはその最右翼だろう。子供の頃から犬の死骸に群がる虫を飽きずに眺めたり、モンシロチョウを何百匹も時間を忘れて観察したり、まあ並みの話ではない。でも考え方は意外にまっとうで、物事はhowではなくてwhyを温め続けるべきだとか、幽霊はイマジネーション、イリュージョンの欠如から生まれるとか、考えることの重要さを動物行動学から知ることができて有益だった。
④『みをつくし料理帖』の素晴らしさはこの欄で言及したことがあるが、同じ著者による高田郁『あい』角川春樹事務所、1680円)もぎすぎすした現代では味わえない情緒溢れる長編小説。オランダ医術を学んだ実在の関寛斎と妻あいが幕末から明治にかけて千葉と徳島で貧しき人々からは一文もとらずに多くの人命を救った話、といってはもちろん単純にすぎる。その過程で多くの波乱があり、晩年は北海道開拓を志すに至る間の夫婦の心の機微など、連れ合いの一方が読むだけではまことにもったいないと感じた。(玄)