読書通信 2019年6月号

■ 世はキャッシュレス時代、ということで、日本が世界に取り残されつつあると心配する声も多い。だが何事も光と影がある。中国在住17年で現地の大学教授となった著者による、西村友作『キャッシュレス国家』文春新書、918円)は、中国のモバイル決済と新ビジネス、社会の裏側まで描いて貴重である。
買うのも、食べるのも、移動するにも、遊ぶにも、みんなネットを使いキャッシュレスで精算する。路上の物乞いでさえQRコードのスキャンで小銭を受け取る。おかげで銀行はリテイルではほとんどやることがない。ポイントも溜まり誰もが幸せに感じているらしいが、確かに効率も良くなった。だがデジタル格差は生まれ、個人情報は丸裸になっている。新たな犯罪も発生していて、さらに巧妙化するだろう。ほんとに、そんな社会は住みやすい世の中なのだろうか。キャッシュレス社会にやや好意的な書きぶりではあるが、時宜にかなった好著である。
■ 書名も内容もなんとも刺激的で挑発的な本だ。岡口基一『最高裁に告ぐ』岩波書店、1836円)の著者はツイッターで率直な発言を繰り返してきた東京高裁判事で、ために上司の長官から懲罰的に最高裁に処分を申し立てられた。裁判官の裁判(分限裁判という)で、最高裁は被告に戒告処分の決定を下した。それに対する決定的な異議申し立てが本書で展開されるのだが、理は明らかに被告の側にある。
裁判所の内幕や裁判官の生態、裁判官における表現の自由、そして監視・批判勢力としてのメディアの現状など、本書から学ぶことは多い。それにしても三権分立などというけれど、司法の惨状は放置が許されぬところへ来ているように思える。自由で民主的な社会の最後の拠りどころは司法にあると考える立場からは、政治と行政に関心を持つだけでは危ないと痛感する。
■ 昭和史の謎はまだまだ尽きない。保阪正康『続 昭和の怪物 七つの謎』講談社現代新書、928円)は相変わらず面白い。登場するのは三島由紀夫、近衛文麿、橘孝三郎、野村吉三郎、田中角栄、伊藤昌哉、後藤田正晴の7人。1人だけ裏方的な伊藤昌哉の項は彼が「なぜ角栄嫌いだったのか」を論じて宰相論として興味津々である。一方、野坂昭如が後藤田のことを十分理解できなかったとは意外だが、これも後藤田のすごさを端的に示しており、彼のような政治家がどんどん消えていくことが惜しまれる。
■ 50年ぶりに復刻された今村均『幽囚回顧録』(中公文庫、1080円)は伝説の軍人像を見事に復元している。人間を大事にしたジャバ軍政や、戦後、無罪を宣告されて巣鴨に帰るも部下の戦犯がいるマヌス刑務所に強く志願して戻る前後の話など、今村が詳細に記録した裁判や刑務所内の一部始終には圧倒される。こんな稀有のリーダーが現役陸軍大将であり続けえたということはせめてもの慰めになる。(浅野 純次)