読書通信 2019年8月号

■ 犯罪会計学と聞いてがぜん興味がわいた。確かに不祥事続出の折から深く探求すべき学問分野であるだろう。細野祐二『会計と犯罪』岩波書店、1944円)はキャッツ粉飾決算事件で有罪となった公認会計士つまり著者が、郵便不正事件における地検特捜部の立件の仕方を詳細に追究し、その矛盾を明らかにしていく。起訴した以上はなにがなんでも有罪へもっていこうとする検察の病理を解明して説得力十分だ。村木厚子氏(のち厚労省次官)は幸いにも無罪となったが、弘中惇一郎弁護士の手腕に加え、最大の勝因は起訴事実の全面否認にあった。日産ゴーン事件も取り上げていて、起訴が無理筋であることを力説し、今回も弘中弁護士がついていることの意味は大きいという。日本の検察には真実よりも自らのメンツと利益を重視する救いがたい組織第一の論理があるようだ。法曹に限らず広く読まれるべき力作である。
■ 国際協力機構は広く世界的に認められている。特に青年海外協力隊の働きはめざましい。北岡伸一『世界地図を読み直す』(新潮選書、1404円)は世界の国々の歴史的紹介や訪問記にとどまらず、そこでの日中米ロの立ち位置と意図が浮かび上がって参考になる。著者は東大教授の傍ら国連大使を務め、今はJICA理事長として世界を飛び回っている。行動する政治学者による地政学が面白くないはずがない。
フィンランド、ロシア、エジプトなど既知の国々では独特の視点が新鮮だし、アルメニア、ザンビア、コロンビア、南太平洋の島嶼国家などではこうした国とこそしっかり向き合っていくべきことを教えられる。各国に批判がましいことは言わず、統治者に対しては建設的な語り口がもっぱらで、これこそ外交だと納得した。■ 世界の最高峰ハーバードでは驚くほど多様な講義が行われている。佐藤智恵『ハーバードの日本人論』中公新書ラクレ、950円)は10人の教授が自らの講座でどんな視点で学生を指導しているか、その日本人論を著者が聞き出して興味津々である。日本人はなぜ細部にこだわるのか、なぜ場を重んじるのか、なぜものづくりと清掃を尊ぶのか、などについて映画、小説、絵画などを題材に説明している。理系も医系も学生が広く異文化に学び教養を身につけていくことを知り、彼我の差は大きいと痛感した。
■ 中島京子『夢見る帝国図書館』文藝春秋、1998円)は今年屈指の傑作である。上野の森の帝国図書館を舞台にした風変わりな老女喜和子さんと私の交遊関係が小説部分、帝国図書館の数奇な運命がドキュメント風で、両者の交錯がすばらしい。宮沢賢治とか樋口一葉とか菊池寛とか明治以来の作家たち多数が次々に図書館を訪れ、本を読み、作品を生み出す。余韻たっぷりである。なお帝国図書館は今、永田町に移って国立国会図書館となり、跡地は国立国際子ども図書館に生まれ替わっている。(浅野 純次)