読書通信 2019年11月号

■ ノモンハン事件といえば日本軍がモンゴル(外蒙古)国境でソ連に惨敗した昭和史の汚点の一つだが、多くの人の知識はその辺までだろう。田中雄一『ノモンハン 責任なき戦い』(講談社現代新書、990円)はNHKスペシャルを放送するため1年かけて取材した記録をもとに、番組ディレクターによって執筆された。ために事実の積み重ねは迫力十分である。
現地取材、ソ連側資料の渉猟、旧関東軍兵士への聞き取り、佐官たちの言動の深掘りなどにより、事件(実際は日ソ戦争)の全貌が明らかにされる。辻政信はじめ関東軍と東京の両方の参謀の無責任さ、日米戦と同じ彼我の戦力差の無視、そして戦略性のない「全く無駄な戦争」(旧軍人の証言)。もう過去のことだと軽んずるのは間違いだ。失敗が繰り返されない保証はない。昭和史の重みを知ることは極めて重要であり、かつ読み物としても十分に堪能できる。
■ ミーゼス、ハイエク、シュンペーターの共通点はオーストリア学派の拠点、ウィーン大学を卒業したことだが、その後は違った道を歩んだ。ミーゼスとハイエクはマル経華やかなりし頃は保守派として評価は低かったが、ノーベル賞を受賞したハイエクは一気に人気化して『隷属への道』は広く読まれた。シュンペーターは「イノベーション」ばかり有名になった。
根井雅弘『資本主義はいかに衰退するのか』NHK出版、1540円)は3人の経済思想を解き明かし世界史の中に位置づけている。個性あふれる3人は分配、独占、資本主義、自由主義、市場などで各様に独創的な見解を主張し続けた。そして民主主義や市場原理主義、独禁政策などとの関わりのなかで彼らの主張がどのように影響力を発揮したのか、しうるのか、という興味深い議論へと本書は誘う。新古典派総合における「混合経済論」との資本主義論争はいかに決着するのかも楽しみな論点である。
■ プロ野球、サッカーJリーグ、バスケのBリーグ。地域と密着するチームスポーツこそが地域活性化のカギを握ると、橘木俊詔『「地元チーム」がある幸福』集英社新書、880円)は主張する。確かに人気チームによるさまざまな需要が引き起こされて地元が潤い始めるのが理想だろう。その点、東京オリンピックは一極集中を推進するだけ功より罪のほうが大きいという主張はもっともだ。ラグビーも代表チームの大活躍で終わらずこの先、地域チーム対抗の盛り上がりにつながらなければもったいない。
■ 峯村健司『潜入中国』(朝日新書、891円)は中国当局から監視されながら朝日新聞特派員が中国各地を取材して回った記録。ここまで入り込むのは大変なことだと感服する。空母建造現場潜入や北朝鮮国境探策、隠密取材による人民解放軍の実態調査など、捕まれば命の保証もない。ただし、今はここまでやることはとうてい無理な話だそうである。(浅野 純次)