読書通信 2020年3月号

■ 2010年の石橋湛山賞を受賞した傑作が新装刊された。牧野邦昭『新版 戦時下の経済学者』(中央公論新社、1540円)はぐんと完成度が高まったように思う。総力戦に直面したとき経済学は何をなしえたかを実証的に追究した本書は、河上肇、有沢広巳、柴田敬、高田保馬、中山伊知郎ら経済学者と軍部(特に秋丸機関)の関係を描いて間然するところがない。新版では荒木光太郎の果たした役割について紙数を加えて論考に厚みを加えたほか、逆に前作で終章に取り上げた高橋亀吉論を削除してテーマの一貫性を高めた。というわけで前作を未読の方は新版をお読みになってはいかがか。前作と比べ文字が大きくなり読みやすくなったこと、定価が3割も下がったことも付記したい。なお高橋亀吉は「石橋湛山と合わせて別の機会に論じたい」とのことなので期して待ちたい。
■ NHKの特別番組は歴史の真実に迫る秀作を多数世に送り出してきた。映像もいいが、そのひだまで書き込んだ出版物も捨てがたい。NHK「ETV特集」取材班『証言 治安維持法』(NHK出版新書、990円)もそうした一冊である。まず稀代の悪法とも呼ばれる法律が出来上がっていく過程とその適用の実情が丁寧に描かれる。だがそれ以上に興味深いのは、当初、目標とした左翼を潰滅させた後の展開である。立法直後、特高の定員を急増させた内務省は対象がもういないからといって人員を減らすわけにはいかない。校内でレコード鑑賞会や読書会を開いていた教師、母国語のハングル勉強会を行った朝鮮人など、治安維持法に全く関わりのない人たちが次々に逮捕、拷問され、釈放されても職を辞さざるをえなかった例が多かったという。最後は「それぞれの戦後」を追う一方、「教訓を現代にどう活かすか」で締めくくられる。歴史に学ぶことの重要性を改めて感じた。
■ リベラル批判が増えてきた気がする。単なる野党批判とおぼしきものも多いがネオリベラルの復権を目ざすものも目につく。樋口陽一『リベラル・デモクラシーの現在』岩波新書、924円)は憲法学の泰斗による現時点での最良の論点整理と思う。特にリベラルの反意であるイリベラル(偏狭な反自由主義)が世界を覆い始めている点への言及は重要だ。自民党憲法改正案の検証も見逃せない。さすがにすらすらとはいかないが、傾聴すべき指摘の多い良書である。
■ 去年の秋に読んで取り上げないでいたが、その後もよく売れているらしい。アンソニー・ホロヴィッツ『メインテーマは殺人』創元推理文庫、1210円)はホームズ役の元刑事から進行形で小説を書くよう依頼された作家の私(ワトソン役)が事件を二者二様に追いかける。だが500ページはちょっと長かった。枝葉を刈り込み動機や証拠周りを一工夫したかったところだ。とはいえ文句を言わずに楽しむ派の推理ファンには読み応え十分だろう。(浅野 純次)