読書通信 2020年4月号

■ 首相にとって検察とはどんな存在か。忠誠を誓うならともかく、逆に地検特捜部に狙いを定められて勝てる政治家はめったにいない。あの角栄でさえ敗れた。「田中角栄とロッキード事件の真相」と副題のついた石井一『冤罪』産経NF文庫、902円)に、今さらと思う人がいたらちょっと待ってほしい。角栄の悲劇は、決して過去の話ではないと思うから。
米国(特にキッシンジャー)にとって彼らの意向を無視した自主路線(日中国交回復や資源外交など)を追求する角栄は不愉快極まりなくかつ不都合な存在だった。幸い日本側にも事件の本丸だったP3C対潜哨戒機に絡む不正(特に先日死去した中曽根、小佐野)があった。そして当時の最高裁判事と検事たちは決定的な政治的間違いを犯し、世紀の冤罪を生んだ。以上の事実を、角栄の最側近だった著者は「オヤジ」への敬慕の念を込め、強い執念で掘り起こしていく。まことに理路整然とした話だ。政治家にとって検察がいかに怖い(あるいは利用価値の高い)存在かを知れば、黒川東京高検検事長の今回の人事を読み解くことは容易だろう。
■ 日本にも一億総中流と言われた時代があった。しかし今、中流は消えて、下層階級が大問題となっている。ブレイディみかこ『THIS IS JAPAN』新潮文庫、649円)は英国在住の保育士(『ぼくはイエローで‥』の著者)が久しぶりに長期帰国して日本の「現場」を歩き回ったルポルタージュ。保育園の混乱、労働者同士の労働争議、デモ…こんな風景が日常化しているのにテレビやスマホで気づくことはない。目線が低くて嫌味のない語り口が好ましい。文庫化を機にまだの人はぜひお読みください。知られざる日本の深層(表層か)を知るために。
■ 親がスマホ漬けでは子供をスマホから引き剥がすことなど夢のまた夢だろう。中山秀紀『スマホ依存から脳を守る』朝日新書、869円)は依存症の世界の怖さを専門医が多方面から探っている。ギャンブル、酒、タバコ、麻薬とスマホゲームは依存症としては全く同じなのだそうだ。後になればなるほど抜け出すことはとてつもなく難しくなる。快楽の一方で、やめているときの不快度たるやすさまじいらしく(まさに禁断症状である)、少子化も大問題だが、こちらこそ一刻も早く社会全体として手を打つべきだと痛感した。地味だが一読の価値がある。
■ 池辺晋一郎『音楽ってなんだろう?』平凡社、1540円)は中学生の質問箱シリーズの一冊というので入門書かと思ったが、レベルは高くもあり低くもありで楽しめた。昔に比べて音のピッチは半音上がっているとか、シューマンは実験精神あふれる作曲家だったとか、名曲はなぜ誰にでもいいなと思えるのか(この答は本書で)とか。平易でユーモアにあふれた問答は読みやすく、音楽好きにはもちろん、それほどではない人にもお勧めしたい。(浅野 純次)