読書通信 2018年9月号

■ 自民党総裁選で旧宏池会系議員が音なしなのはいかにも残念なことだ。保守本流が消えかかっていると言ってもよい。持論だが中選挙区制であればこんなことはありえなかった。田中秀征『自民党本流と保守本流』講談社、1728円)は、岸信介を始祖とする潮流を自民党本流と規定する。リベラルな保守本流に対して、真逆の歴史観、経済観、憲法観を持ち続け、今、安倍首相へと行き着いている。
ただし本書では、岸にはかなり紙数が割かれはするものの、保守本流の源流である石橋湛山から田中角栄、宮沢喜一、橋本龍太郎、小渕恵三、細川護煕、加藤紘一まで保守本流の人たちの描写と本質論が中心で多くは絶品である。どのエピソードも面白く、歴史のイフが多々盛り込まれているのも興味深い。あるべき保守の姿が示され、日本の国のかたちにも言及していて、政治分野では昨今、屈指の良書と言える。
■ 経済倶楽部で講演をお願いしてほんとに良かったという経済学者は率直にいってそう多くはない。良質の講演を拝聴するのは司会者冥利に尽きる。神野直彦『経済学は悲しみを分かち合うために』(岩波書店、1944円)は講演のエッセンスをまた伺っている味わいである。半分は母から教えられた「おカネで買えないものを大切にする」「偉くならない」を守り続ける中での家族、同僚、師との温かい絆の自分史、半分は財政社会学を自ら確立する中で「人間のための経済学」を目指した学問的挑戦の論考だ。
2003年に著者が石橋湛山賞を受賞したときの故宇沢弘文氏のお祝いの辞が序章にまず出てくるが、こんな温かい、本質を突いた言葉を頂戴できる人は幸せである。そういえば宇沢先生も経済倶楽部で奔放な講演をされた。新自由主義批判が話の中核だった。とまれ経済学の現状を憂うる人には格好の書物であるだろう。 続きを読む »

編集後記 2018年9月号

【編集後記】 2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて、有力種目の選手たちの活躍が連日メディアを賑わしています。その一方でスポーツ団体を巡る疑惑や不祥事も次々に浮上しています。特にレスリング協会とボクシング協会を巡る騒動は、一応公的な役割を担っているはずの組織において、いかに前近代的な運営がなされているかを白日の下にさらしました。指導者によるえこひいきや公金の流用、はては協会認定用具の私的独占販売など、一般社会であれば、関係者の即時退任が当然のやりたい放題であきれてしまいます。日大アメフト部の改革も、選手たちの集会に乗り込んで恫喝を行ったコーチたちが一掃されたという報道はありません。主役であるべき現役の選手たちの意向が無視されたまま、ボス支配が続くような組織を放置する社会は、土台から腐っています。
次号は、上野泰也氏「波乱含みの世界経済をどう読むか」、富坂聰氏「激変する中国と東アジア」、枝野幸男氏「日本の政治の「今」と「これから」を考える」を掲載予定です。

経済倶楽部講演録2018年9月号 No.835

2018年9月号目次

一寸先は闇の安倍政権-総裁選、改憲、野党再編などの行方
ノンフィクション作家、評論家 塩 田  潮

日銀超緩和策の副作用と財政危機
東短リサーチ社長 加 藤  出

脳を知り脳を活かす
東京大学大学院薬学系研究科教授 池 谷 裕 二

〔談話室〕人権の尊重こそが基本          柴生田 晴四
〔会員の広場〕リバースメンタリング  川  渡 秀 一

経済倶楽部便り
読書通信(No.163)
バックナンバーのご案内/編集後記

読書通信 2018年8月号

■ 先の大戦で日本の経済学者たちは日米独の戦力をどのように分析し、それは開戦にどう影響したのだろうか。牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦―秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』(新潮選書、1404円)は、石橋湛山賞を受賞した『戦時下の経済学者』のいわば続編であるが、前作に劣らぬ力作であり、奥が深い。
人民戦線事件で検挙され保釈中の有沢広巳をはじめ、中山伊知郎、森田優三、宮川実、武村忠雄などそうそうたる経済学者たちが参加して研究したのが秋丸次朗主計中佐の主宰する秋丸機関だった。陸軍が日米の力の差をわきまえず無謀な戦争に突っ込んでいった、という俗説ほど実際は単純ではなかったらしい。学者たちは日米独の経済力をほぼ正確に分析して報告書にまとめているし、軍部の認識もそれと大差はなかった。ではなぜ開戦に至ったのか。有沢の戦後の証言がなぜ事実に反したのか。学者と軍人たちの動静は推理小説の趣さえあって、引き込まれる。戦後につながる部分も面白い。
■ 文科省の役人たちが官邸の意向を忖度しすぎたことが加計学園問題の本質であるのだろうが、それは一朝一夕に生まれた体質ではなかった。前川喜平『面従腹背』(毎日新聞出版、1404円)は時節柄のキワモノではまったくない。教育の本質をしっかりと見詰め、個人の尊厳と国の未来を確かなものとするために何が求められているかを、明確無比に語っている。
教員免許更新制、国歌・国旗の指導、教科書採択問題、教育基本法改正、道徳の教科化など、著者のかかわった文部行政への思いや面従腹背の真意が語られる。個の確立へ向けて真摯に対応する著者の苦渋の選択にはほとんど納得がいく。加計学園をめぐる鼎談が説得力をもつのも著者の半生史を読んでの上だからだろう。 続きを読む »

編集後記2018年8月号

【編集後記】 記録的な大雨をもたらした西日本豪雨の後は、記録的な猛暑に見舞われています。日本人は古来災害と共に生きてきたと言って、もっともらしい教訓を垂れる人もいますが、産業革命後の地球は、化石燃料の大量消費の結果、豊かさの代償として地球温暖化という難題を抱え込むことになりました。縄文の昔には戻れませんが、文明のありようを見つめ直すことが必要です。
次号は、塩田潮氏「一寸先は闇の安倍政権」、加藤出氏「日銀超緩和策の副作用と財政危機」、池谷裕二氏「脳を知り脳を活かす」を掲載予定です。

経済倶楽部講演録2018年8月号    No.834

2018年8月号目次

成長著しいインドの政治経済の現状と展望
拓殖大学名誉教授 小 島   眞

ポストプーチンと日ロ関係
NHK解説委員 石 川 一 洋

地政学リスクと日本経済
双日総研チーフエコノミスト 吉 崎 達 彦
〔談話室〕   66時間の空白           柴生田 晴四
〔会員の広場〕   「物申す会、百回」に思う    上田 次兵衛
経済倶楽部便り
読書通信(No.162)
バックナンバーのご案内/編集後記

談話室2018年9月号

人権の尊重こそが基本   柴生田  晴四

談話室2018年8月号

66時間の空白  柴生田  晴四

談話室2018年7月号

映画雑感7   柴生田 晴四

読書通信 2018年7月号

■ 東京西部の五日市町(現あきる野市)の土蔵から明治期の古文書が発見されてからちょうど50年が経った。今、それは「五日市憲法」と呼ばれ注目が集まっている。新井勝紘『五日市憲法』岩波新書、885円)は発見のいきさつ、起草者の千葉卓三郎の足どり、五日市という町、そして文書が埋もれていく過程まで、発見者であり研究者である著者ならではの生き生きとした筆致による貴重な記録である。
明治の初め、市井の人々が議論を重ねて憲法草案を起草したエネルギーには圧倒される。昨今のいかにも軽々しい憲法改正案の文言と比べるとき、権力と国民との関係を徹底的に論じ、理想の国のあり方を追求した真摯な姿勢から学ぶものは多い。「五日市憲法」の条文を読むと現憲法よりも優れていると思われる個所さえ散見されるなど、おおいに感服させられた。
■ 薪を背負って歩きながら本を読む二宮金次郎の像(戦後も校門脇にあった)はいまだに印象深い。小澤祥司『二宮金次郎とは何だったのか』西日本出版社、1944円)は二宮尊徳の生涯と後継者たちによる報徳運動継承の努力を前半、地方改良運動のシンボルとして利用された戦中の「臣民の手本」としての尊徳を後半に構成されている。報徳運動の実際と、戦時下、国民に虚像が刷り込まれたことに加え、戦後、GHQ右派が逆に尊徳を民主主義者として利用しようとした話も興味深い。そして今、道徳教科書に尊徳の虚像が再び登場し始めている。 続きを読む »