談話室2021年6月号

嘆かわしい文化や知への無理解    柴生田  晴四

読書通信 2021年6月号

■ 石橋湛山を主題にした本はあまたあるが、昭和史の泰斗が10年以上前から構想を温めてきた本格的な湛山論がようやく上梓された。保阪正康『石橋湛山の65日』東洋経済新報社、1980円)は期待を裏切らぬ力作である。書名のとおり石橋内閣の誕生までと、病を得てわずか2カ月で歴史的な潔さで退陣するまでとを2本の柱に据えて、湛山が何を国民に訴えたか、何をしようとしたかを過不足なく描いている。
著者は「最短の在任、最大の業績」と評しているが、湛山ほどその哲学と政策を矛盾なく両立させえた政治家は、日本の政治史に他に例を見ないと言って過言ではなかろう。吉田茂との抗争、GHQとの対峙、自主平和路線、国民への真摯な誓いなど、政治家湛山の魅力には改めて感服せざるをえない。戦前からの小日本主義、実用主義、倫理主義を政治家としてぶれずに貫き通す湛山像として描き抜いたところは、人物論としても一級品といえる。昨今の政治の貧困に対する頂門の一針として読者は爽快な読後感を持つだろう。湛山に興味はあっても湛山本はまだという人にこの際、ぜひお薦めしたい。
■ 今の株高は金余り下のバブルと呼ぶしかないだろう。機関投資家も企業も個人もゼロ金利下ではほかに運用対象がないのも事実だ。そんな中、前田昌孝『株式市場の本当の話』日経プレミアシリーズ、935円)は目からウロコの指摘が詰まっている。「課題山積の投資信託」「公的年金の危うい運用」「長期投資は本当に有効か」「ESG投資の死角」など、市場に興味をもつ人にとっては面白い難問が次々登場する。
株式市場を永年ウオッチしてきたベテラン記者ならではの視点と分析はとても参考になる。しかも歯に衣着せずというか、金融庁、取引所、日銀、GPIF、投信など市場関係者に耳の痛い話が多々聞けるのも好ましい。年金基金に関係している筆者としては日頃、疑問に感じている諸点をめぐりわが意を得たりの感をもった。 続きを読む »

編集後記 2021年6月号

【編集後記】 やっと一般国民へのワクチン接種が本格化してきました。行政の対応の遅れや不手際を非難する声は相変わらず高いようですが、ワクチンによって日本社会を覆っている不安の霧が晴れてくれればそれに越したことはありません。コロナ恐怖が蔓延している中で昨年の日本人の死者数は久ぶりに減少しました。そしてコロナ関連の死者の二倍以上の自殺者が出ています。恐怖をあおることでいかに息苦しい社会を作り上げてしまったのかに思いをはせるべきでしょう。
次号は歳川隆雄氏「衆院解散・総選挙はいつか―菅政権の行方」、河野龍太郎氏「バイデン政権の高圧経済戦略の帰結は?」、吉崎達彦氏「アフターコロナの世界を考える」、酒井啓子氏「バイデン政権下の米国の対中東政策:イスラエル情勢、イラン、中東の民主化」を掲載予定です。

経済倶楽部講演録2021年6月号 No.868

2021年6月号目次

コロナ禍で加速されるでじタイル化への対応
野村総合研究所会長兼社長 此本 臣吾

コロナ経済危機の真因
東京大学教授 渡辺 努

「医療崩壊」の不都合な真実
医療ジャーナリスト 森田 洋之

2020年代のロシアを見通す
東京大学先端科学技術研究センター特任助教
小泉 悠

〔談話室〕嘆かわしい文化や知への無理解  柴生田 晴四
〔会員の広場〕リスク対応について   丸本 正人

経済倶楽部便り202
読 書 通 信(No.196)
バックナンバーのご案内/編集後記208

談話室2021年5月号

映画雑感14     柴生田  晴四

読書通信 2021年5月号

■ 昨秋出版されていたのに遅くなってしまったが、良い本なので紹介したい。600ページに及ぶ大著でそれなりの定価にもかかわらず、著者に先日、聞いたところではすでに6刷という。大したものだ。春名幹男『ロッキード疑獄(KADOKAWA、2640円)は田中角栄と丸紅、全日空の首脳が逮捕、起訴された昭和の大事件の真実に迫って読む者を引きつける。
ロッキード事件では「関連文書誤配説」「ニクソンの陰謀説」「三木の陰謀説」「田中の資源外交起因説」などの陰謀論が人口に膾炙した。最終的に本書はキッシンジャーという伝説的外交官の自らの外交への過信、強い猜疑心、謀略の才能などが一体となって田中を陥れた、外交的葛藤の所産としての疑獄だったと結論づける。「巨悪の正体」と題した「児玉誉士夫の先の闇」の解明も冴えている。15年もの長期取材で膨大な資料を渉猟し続けた努力の結晶としての推理ドキュメンタリーとも言うべき力作である。
■ 石橋湛山は汲めども尽きぬ泉のようだ。これだけ論じられていまだ評価され切れていない言説が次々に出てくる。原田泰・和田みき子『石橋湛山の経済政策思想』日本評論社、3960円)も、過小評価あるいは無視されている湛山の経済政策思想に新たな光を当てている。テーマの一つは湛山の昭和恐慌理解がなぜ誤解されたかだが、湛山の理解には日本のケインジアンやマル経学者たちが考えもつかない独創性があったことを本書は明らかにする。あるいは湛山がインフレーショニストというレッテルを張られたのはなぜか、また傾斜生産方式がなぜ有沢広巳の手柄として喧伝されたのか、など、データを駆使しつつ推理小説もどきに明らかにしていく著者の推理の流れは、統計を一貫して重視した湛山と通底して鮮やかである。副題の「経済分析の帰結としての自由主義、民主主義、平和主義」はまさに本書の意義(あるいは湛山の本質)を疑いなく明確に語っていると感じた。 続きを読む »

編集後記 2021年5月号

【編集後記】 「家から出ないでください」、「旅行はキャンセルしてください」といったことを小池都知事や医師会の幹部が相変わらず連日叫んでいます。しかし、どういうときに感染しやすいかという本質的なことを棚に上げた自粛要請は社会に対しても、市民一人ひとりに対しても深刻な副作用をもたらしかねません。そもそも自粛という行為は自ら考えて決めるもので他人から指図されるものではないのです。国民が一丸となって立ち向かう時だとか、同調しない者を非難し排除する社会の空気は、まさしく戦時中そのままです。特に感染防止を最優先に市民をあおり、政府をけしかけるマスメディアは、まさに戦時を彷彿させます。
次号は、此本臣吾氏「コロナ禍が加速させるデジタル化への対応」、渡辺努氏「コロナ経済危機の真因」、森田洋之氏「〈医療崩壊〉の不都合な真実」、小泉悠氏「2020年代のロシアを見通す」を掲載予定です。

経済倶楽部講演録2021年5月号 No.867

2021年5月号目次

菅政権とコロナ危機
政策研究大学院大学教授 竹中 治堅

2021年の日本経済の動向について
第一生命経済研究所首席エコノミスト
永濱 利廣

ポスト・トランプのアメリカ社会と政治
ジャーナリスト                       中岡 望

バイデン時代の日本の安全保障を考える
静岡県立大学特任教授            小川 和久

〔談話室〕映画雑感14             柴生田 晴四
〔会員の広場〕遥かなる山の呼び声   濵田 義文

経済倶楽部便り
読 書 通 信(No.195)
バックナンバーのご案内/編集後記

談話室2021年4月号

出生率の低下を嘆く前に         柴生田   晴四

読書通信 2021年4月号

■ 地方創生ほど誰も反対しないわりに実績の乏しいスローガンは珍しい。国政や中央官庁に責任はあるにせよ地方自治体や地方全体も問題ではないかと思っていたら、格好の指南書を見つけた。木下斉『まちづくり幻想』SB新書、990円)は地方の実情を知り尽くした著者ならではの、目からウロコのヒントにあふれている。パンデミックで東京一極集中に歯止めがかかりつつあるという俗論(幻想)を本書は一蹴し、地に足のついたまちづくりを提案する。
「予算さえあれば地域は再生する」「みんなでがんばれば何とかなる」「外部の知恵を導入しよう」「よその成功例に学べ」。これでは失敗は目に見えている著者は言う。とくに中央のコンサルティング会社に丸投げするのは最悪で、カネがあったら地元で人材教育を進めよというのは至言だろう。あまた登場する成功例、失敗例を生かさない手はない。巻末の「まちづくり幻想を振り払うための12のアクション」(①外注より職員育成、②地域に向けても教育投資が必要、③役所も…)は必読の問題提起である。
■ 昨今の政治家や経営者に何より欠けているのが哲学というのは寂しい。と嘆いていたら小川仁志『むかしむかしあるところに、哲学者がやってきた。』高橋書店、1540円)が目に留まった。表紙に「7つの昔話で学ぶ哲学入門」とある。漫画で楽しませながら哲学を学ばせてやろうという著者の魂胆が気に入った。
「桃太郎」では「その桃だれのもの?」でロックの所有権、「鬼退治に行くのは運命か」でサルトルの実存主義、「鬼はほんとに悪なのか」でパスカルの繊細の精神、といった具合に見開き16コマ漫画と1ページの解説と哲学者の自己紹介によって、いやでも36の哲学思想が頭に納まる(はず)という仕組みだ。著者はれっきとした哲学教授。快作である。ただ政治家、経営者の即効薬になるかは保証の限りではない。 続きを読む »