読書通信2022年6月号

■ 経営は科学だ、「野性」などなんで必要なのか。大抵の人はそう考えるだろう。実際、多くの企業がPDCAにこだわっているが、野中郁次郎ほか『野性の経営』KADOKAWA、1980円)によれば、この科学的管理手法は人を指示待ちにし、創意工夫しなくなるという。著者が主張する経営学は株主価値最大化に代わり、人々がアニマル・スピリットによって互いに共感し感動する「野性的」企業家魂である。
本書の最大の魅力は理論と物語が一体となっている点にある。物語とはタイ北端の麻薬地帯ドイトゥンをコーヒー産地として蘇らせたクンチャイという稀有の人物の壮絶な戦いを詳細に描いたドキュメンタリーであり、これこそが「野性の経営」なのだと読み進めば腑に落ちるはずだ。マンネリ経営から抜け出すに益するところ大の貴重な経営学を学んでみよう。パソコンをにらんで終日、仕事をしている(つもりの)ビジネスパーソンには目からウロコの啓示がある。
■ アマゾンやユニクロの潜入記は大変な苦労があったと思うが、今度はもっと大変だったろう。何しろ米国で1年間も、トランプ支持の赤い帽子とTシャツ姿で共和党のボランティアを装って家々を訪れ、トランプ信者の本音を聞き出そうというのだから。横田増生『「トランプ信者」潜入一年』小学館、2200円)はそのようにして米国の深部をえぐってみせる。歩き回り続けて足を痛めてしまい、議事堂襲撃事件のときには身の危険を感じ防弾チョッキまで着て現場に入り込み、インタビューを続ける。
トランプ信者の多くは、著者がトランプに不利な質問をすると、それはフェイクだと言下に否定しいっさい疑うことをしない。このようにして米国社会の分断が生じていることがよくわかる。これは過去形の報告ではない。2年後の大統領選では、共和党内はトランプ絶対優勢で、民主党には強力な対抗馬はいないそうだから。 続きを読む »

談話室2022年6月号

危うい異論の排除    柴生田  晴四

編集後記 2022年6月号

【編集後記】 夏本番を前に、松野官房長官が野外でのマスク着用は熱中症の危険を高めるので人との距離が保てる場合はむしろ控えてほしいとの趣旨を呼びかけました。一方で児童のマスク生活が健康に有害であることが早くから指摘されているにも関わらず、児童のマスク着用を推奨しないとする見解の表明に政府は最近まで及び腰でした。一部の専門家と称する人たちの見解にのみしたがって幅広い分野の専門家の総合的な判断を仰ごうとしてこなかった政府や行政府の罪はいずれ取り返しのつかない結果となって現れるでしょう。
次号は歳川隆雄氏「ウクライナ戦争と岸田文雄政権の行方」、隈部兼作氏「経済制裁を受けているロシア経済の現状・見通しと課題」、庄司克宏氏「ロシアのウクライナ侵攻後におけるソフトパワーEUの現状と展望」、河野龍太郎氏「グローバル経済と日本の超低金利政策の行方」を掲載予定です。

経済倶楽部講演録2022年6月号  No.880

2022年6月号目次

「新しい資本主義」とは何か
名古屋商科大学ビジネススクール教授
原 田   泰

流動化する国際情勢と中国の対外政策
早稲田大学大学院教授 青 山 瑠 妙

コロナ禍で明白となった我が国に必要な医療改革
日本病院会会長 相 澤 孝 夫

ソ連崩壊からウクライナ戦争まで-悲劇の背景
神奈川大学特別招聘教授 下斗米 伸夫

〔談話室〕危うい異論の排除   柴生田 晴四
〔会員の広場〕 大谷翔平活躍の背景と教訓          山田 豊

経済倶楽部便り
読 書 通 信(No.208)
バックナンバーのご案内/編集後記

読書通信2022年5月号

■ コロナをめぐる「専門家」とウイルス学者の考え方の違いは甚だしい。評者は以前から後者の本に注目してきたが、宮沢孝幸『ウイルス学者の責任』PHP新書、1078円)の主題は「100分の1作戦」で、浴びるウイルス量を100分の1に減らせば感染は防げるという提唱は明快で本質を突いている。等閑視されてきた「ウイルスの量」を提起しているのが肝である。
まず換気、軽い手洗い、適切な(過剰でない)マスクで十分とされる。「無症状の人と濃厚接触しても感染するリスクはほぼゼロ」で、陽性でもウイルス量を考慮した対策をとるべきだったというのは決定的に重要である。結果的に「ウイルス学の常識を知らない医師たちの意見で国の政策が決められてしまった」と手厳しい。ワクチン接種も落とし穴があり「リスクとベネフィットを個人が考えて接種を決めればよい」。確かに。
■ 日本の産業も企業もマクロ経済も沈滞が続いて久しい。他国に謙虚に学ぶことと、個を確立して独自の強靭な供給力を作り上げることの両方が必要と思うが、原田泰ほか編著『学ばなかった日本の成長戦略』中央経済社、2310円)は前者に注目して多面的に分析を行っている。具体的には日本は先進国グループから脱落した平凡な国になってしまっているとの認識の下で、規制や制約を取り払い、企業は他の国々の成功事例に学ぶべきだとの認識である。
総論に続き雇用と経営の状況が批判的に論じられ、電機、情報サービス、自動車(EV、自動運転)、金融、観光などの産業が世界標準から取り残されつつある現状が俎上に載る。個々の分析にばらつきはあるが、総じて的確な指摘が多く、効率よく現状と課題を知ることができる。沈滞は制度、官の規制と自己規制、経営者、企業組織、消費者の性向などの複合要因だろうが、これを機に議論が深まることを期待したい。 続きを読む »

談話室2022年5月号

映画雑感17    柴生田  晴四

編集後記 2022年5月号

【編集後記】 簡単に制圧できると高をくくって泥沼の戦争に身動きがとれなくなったロシアのプーチンとゼロコロナにこだわって大都市上海を混乱に導いた中国の習近平。いずれも自らの力を過信して社会を混乱に導いたところは共通しています。中国には漢民族とは異なる文化を有する地域が周辺に存在し、漢民族の支配に苦しんでいます。人間の尊厳を認めない前時代的な強権支配がいつまで続くのか。我々にできるのは自立した市民が主役となる民主国家の範となることでしょう。
次号は原田泰氏「新しい資本主義とは何か」、青山瑠妙氏「流動化する国際情勢と中国の対外政策」、相澤孝夫氏「コロナ禍で明白となった我が国に必要な医療改革」、下斗米伸夫氏「ソ連崩壊からウクライナ戦争まで――悲劇の背景と平和の条件」を掲載予定です。

経済倶楽部講演録2022年5月号  No.879

2022年5月号目次
岸田文雄政権のコロナ危機対応と「新しい資本主義」
政策研究大学院大学教授 竹中 治堅

03韓国新大統領誕生!  新大統領の対日、対北政策は?
コリア・レポート編集長 辺  真 一

コロナ禍の医療崩壊はなぜ起きたのか
―我が国の医療提供体制の構造問題に迫る
学習院大学経済学部教授 鈴木  亘

日本は先進国の地位から滑り落ちようとしている
一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄

〔談話室〕映画雑感17      柴生田 晴四
〔会員の広場〕 塩野七生讃          廣中 聰

経済倶楽部便り186
読 書 通 信(No.207)
バックナンバーのご案内/編集後記

談話室2022年4月号

フランクリン自伝再読    柴生田  晴四

読書通信 2022年4月号

■ 福島原発事故が忘却の彼方という人は年々増えているのではないか。風化は日々進まざるをえない。だが石原大史『原発事故 最悪のシナリオ』NHK出版、1870円)は原発事故が過去の物語などでないことを教えてくれる。
本書は昨年3月に放送されたNHKのドキュメンタリー番組を踏まえスタッフが書き下ろした労作である。大震災当時、最悪のシナリオを想定してどう対策を進めるべきか、混乱する官邸は手が打てなかった。自衛隊の動きも緩慢で米国は米軍が前面に出ることさえ考えたが、それは「米軍占領下」となることを意味した。官邸、東電本社、自衛隊、米軍、福島原発現場の枢要な人々が当時を振り返ったインタビューは意外性に富み、早い時期に最悪シナリオの必要性を提起した(民主党の)政治家もいたことがわかる。本書から学ぶことはあまりに多い。大事故に直面し「想定外」などと言って「最悪の可能性」を追究しないのは日本の悪い癖である。
■ 世界で今、日韓関係ほど複雑で解きほぐしにくい二国間関係は少ないだろう。木村幹『韓国愛憎』中公新書、946円)は韓国研究の第一人者が自らの研究の日々を成果や苦悩の中に振り返るとともに、韓国の躍進と対日姿勢の変容の過程をたどる異色の日韓関係史である。この30年間の韓国社会の変貌ぶりは劇的で韓国が自信を深めるほど「韓日」関係は政治的に重要性を失うが、であればこそ社会は暴走して歯止めがきかなくなることがよくわかる。
「自分史」であるだけに少々まだるっこしく感じる部分もないわけではないが、とりわけ終章の「関係悪化の本格化」は明快で教えられることが多い。著者はしばしば「それであなたは韓国が好きなんですか」と質問されるという。それへの答え(それがわかれば苦労はしない)には笑ってしまった。まさに愛憎の半生記である。 続きを読む »